世界を飢餓から救うも「ガス兵器」開発に携わった天才物理化学者とは? 映画「オッペンハイマー」公開の今読みたい作品

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恐るべき緑

『恐るべき緑』

著者
ベンハミン・ラバトゥッツ [著]/松本 健二 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784560090909
発売日
2024/02/20
価格
2,750円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

天才たちの脅威の頭脳と取り返しのつかない厄災に劇薬を加味した話題作

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 クリストファー・ノーラン監督の映画『オッペンハイマー』がアカデミー賞の7部門を制覇し、日本でも公開された今、読むのにぴったりな小説が、チリの作家ベンハミン・ラバトゥッツの『恐るべき緑』だ。

 植物の成長に欠かせない窒素を、空気中から直接抽出するハーバー・ボッシュ法によって世界を飢餓から救った一方で、第一次世界大戦の塹壕戦を緑色の地獄に変えるガス兵器開発にたずさわった物理化学者ハーバー。ブラックホールの存在を数式で予測するも、戦場で毒ガスを浴びたことで発症した病に斃れた天体物理学者シュヴァルツシルト。1958年から73年にかけて数学界に君臨し、数学のあらゆる分野を統合するという野心的なプロジェクトに着手して一定の成果が得られたにもかかわらず、厭世的な隠遁者になってしまった数学者グロタンディーク。素粒子というミクロの宇宙のメカニズムをめぐってしのぎを削った3人の理論物理学者、シュレーディンガー、ド・ブロイ、ハイゼンベルク。

 こうした20世紀科学界の天才たちの研究と人生を、その内面にまで深く沈潜するための想像という劇薬を加味して描いた4篇と、作者自身を彷彿させる語り手によるエピローグから成る作品集なのだ。

 天才と狂人は紙一重と言われるけれど、ここに登場する面々の奇人変人ぶりは圧倒的。常人のそれをはるかに凌駕する頭脳が、偉大な発見と共に奇矯な振る舞いをもたらすさまは本書の読みどころのひとつなのである。と同時に、科学やテクノロジーの発展が人類の幸福に寄与する一方で、オッペンハイマーの原爆のように取り返しのつかない厄災を生むこともこの小説は描いている。

〈この素晴らしい地獄は、あなた方のおかげでないとしたらいったい誰のおかげでしょうか?〉

 天才たちの仕事の中に詩を見出すような美しい文章で伝えられる残酷な宣告。まさに恐るべき一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2024年4月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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