豊崎由美は蓮實重彦先生の「お仕置き」に賛同しつつ三島賞選考委員に物申させていただきます

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伯爵夫人

『伯爵夫人』

著者
蓮實 重彦 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103043539
発売日
2016/06/22
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

豊崎由美は蓮實重彦先生の「お仕置き」に賛同しつつ三島賞選考委員に物申させていただきます

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

豊﨑由美

 昨年末のことでございましたか、本欄でわたくしは「『悪声』『港、モンテビデオ』のどちらかで、いしいしんじはついに三島賞作家になる。その晴れやかな確信が、わたしの中でもやっていた同賞への不信感を払拭したのである。いしいさん、受賞おめでとうございます。来年5月の発表をまたず、お祝いを申し上げる」と宣言したものでした。ところが結果は……皆さんもご存じのとおり、『悪声』で6回目の候補に挙がったものの、またも落選。受賞作は蓮實重彦先生による3作目の小説『伯爵夫人』に決まったわけです。
 「80歳の人間にこのような賞を与えるという機会が起こってしまったことは、日本の文化にとって嘆かわしい」
 「私は、順当であればいしいしんじさんがおとりになるべきだと思っていました」
 「選考委員の方がいわば、蓮實を選ぶという暴挙に出られたわけであり、その暴挙そのものは非常に迷惑な話であると思っております」
 「お答えしたくありません」
 「馬鹿な質問はやめていただけますか」などなどけんもほろろ、記者会見でとりつく島もない受け答えに終始した蓮實先生は、公の場で、新人賞の選考が何たるかをわかっていない選考委員諸氏と、小説の読み方もわからない文芸記者へのお仕置きを行ったわけで、野次馬として眺めている分には、スリリングな見世物として面白可笑しい一幕だったのでございます。
 実際、皆さんもお読みになればわかると思いますが、〈傾きかけた西日を受けてばふりばふりとまわっている重そうな回転扉を小走りにすり抜け、劇場街の雑踏に背を向けて公園に通じる日陰の歩道を足早に遠ざかって行く和服姿の女は、どう見たって伯爵夫人にちがいない〉という蠱惑的な一文から始まる受賞作は、ウルトラ教養人であられる蓮實先生にとっては、おそらく“手すさび”に近い作品であり、ご本人からしてみたら、「こんなものに授賞するなら、1994年に発表した『オペラ・オペラシオネル』で寄こしとけ」ってなものなんではありますまいか(妄想)。
 1941年12月8日(真珠湾攻撃の日)、子爵の家に生まれた容姿端麗なお坊ちゃま二朗が、「伯爵夫人」と呼ばれる謎の女性の手引きで、かなりアクロバティックな性の体験“感情教育”をほどこされるというのが受賞作の内容。その半日の出来事のうちに、かつて高級娼婦だった伯爵夫人の、赤裸々な性体験や間諜X​27ばりの冒険譚を織りこみながら、しかし、幾度も放たれる二朗の精(ミサイル)は伯爵夫人の中(真珠湾)に発射されることはないまま、空砲に終わってしまう。
 蓮實先生の灰色の脳細胞に貯めこまれている映画や文学の知識を品良く援用した、読んで面白い官能教養小説ですが、御大自身会見で言っているように、これはテクニックだけで書かれた作品です。その手の小説に、新人に授与される文学賞はふさわしくありません。一体、何を考えて『伯爵夫人』に決めたのか。三島賞選考委員がヘタこいたとしか言いようのない結果と、断じさせていただきます。

 ***

『伯爵夫人』
『伯爵夫人』は、蓮實重彦が22年ぶりに発表した小説。文芸誌『新潮』2016年4月号で発表され、第29回三島由紀夫賞を受賞した。5月16日に行われた受賞会見で、同氏が「全く喜んでおりません。80歳の人間にこのような賞を与えるという機会が起こってしまったことは、日本の文化にとって嘆かわしい」と発言したことを多くのメディアが取り上げ、様々な意見が飛び交った

太田出版 ケトル
VOL.31 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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