稲垣吾郎が「沁みる」と漏らした三島由紀夫の傑作中編『午後の曳航』とは

テレビ・ラジオで取り上げられた本

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 元SMAPの稲垣吾郎さんが、24日放送のTOKYO MXのバラエティ番組「5時に夢中!」にゲストコメンテーターとして出演した。この日の曜日コメンテーターは作家の岩下尚史さん。2人は以前から「ゴロウ・デラックス」(TBS系列)などで共演した旧知の仲だ。そんな関係からか2人は終始和んだ様子でトークを繰り広げた。

 番組で結婚について話が及ぶと、岩下さんは独身の稲垣さんが「家で一人で泣いてるんだって」と暴露。稲垣さんは以前、「ゴロウ・デラックス」で共演した際に、「40過ぎて一人だと、夜家に帰ったら泣いてますよ」と岩下さんに告白していた。それを聞いた岩下さんが、「ただ泣いてるんじゃかわいそうだから、これ読むとさらに泣けるから」と勧めたのが三島由紀夫の『午後の曳航』(新潮文庫)だった。「5時に夢中!」で稲垣さんは『午後の曳航』を一人の寂しい夜に「沁みる」と感想を述べていた。

■『午後の曳舟』あらすじ

『午後の曳航』は横浜に住む13歳の少年「登」が主人公。世界は矮小で空虚なものであると捉え、世の大人は生きているだけで「罪を犯している」と考える早熟な天才少年だった。父親を8歳のときに亡くし、母である「房子」と2人暮らしだ。

 ある夏、2人は見学に行った船で航海士をしていた「竜二」と出会う。自由で広大な海に憧れていた登にとって竜二は陸の男たちとは違い、「海から飛び出してきた獣」のように感じられた。房子もまた逞しい竜二に好意を抱く。

 翌日登は竜二と房子が愛し合うシーンを目撃する。その情景を完璧で神聖な「奇蹟の瞬間」と感じた登は、この美しさを守るためなら「どんなひどいことでもする」と誓うのだった。

 そのシーンで三島は竜二の肉体を「海の鋳型から造られたような躰」と描写する。

「ひろい肩は寺院の屋根のように怒り、夥しい毛に包まれた胸はくっきりと迫り出し、いたるところにサイザル・ロープの固い撚りのような筋肉の縄目があらわれて、彼はいつでもするりと脱ぐことのできる肉の鎧を身に着けているように見えた。そして登はおどろきを以て眺めた、彼の腹の深い毛をつんざいて誇らしげに聳え立つつややかな仏塔を」

 船乗りの竜二は陸の世界が嫌いで、船乗り仲間とも付き合わない変わり者だった。自分には特別の運命が待ち受けていると感じ、30歳を過ぎても結婚もせず「栄光か世界がひっくりかえるか」どちらかしかありえないと考える自信家だ。

 登はそんな竜二を陸の空虚な世界から解き放たれた「英雄」だと感じ、母と英雄の関係を友達に自慢げに話す。

 一度は船に乗り横浜を離れた竜二だったが、冬になり2人の前に舞い戻る。竜二は房子との逢瀬の末、海にも世界のどこにも自分だけに訪れるはずの「栄光」など存在しないことを認め、房子に結婚を申し込み陸の男となる。

 竜二は房子の営む洋品店を手伝い、いそいそと経営を学び、背広を着て、世俗に染まっていく。登は忌まわしい日常の匂いが染み付いていく竜二を嫌悪するようになる。そして同級生にそそのかされ、凡庸な人間に成り果てようとする竜二をもう一度英雄にしてやろうと考え、恐ろしい計画を立てる――。

■稲垣さんはどう読んだ?

 この作品を書いたころ三島は38歳。30代になってはじめたボディビルに傾倒し、肉体的なコンプレックスを克服し、鋼のような肉体を手に入れていた。竜二の身長は165cm程度と描写される。三島の身長も同程度だったと言われている。象徴的な肉体描写からもわかるように竜二はどうみても三島だ。そして竜二を英雄であり続けさせようとする登は、三島のなかにある「美学」の化身であるといえるだろう。

 この作品が出版されてから7年後、三島は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地を訪れ、自衛隊の決起を促して失敗し、その場で割腹自殺を果たした。自身の美学に殉じ、栄光を求め、「英雄」のまま自刃して果てたのだ。岩下さんは三島が若い頃より「浪漫主義的な悲壮の死」を希求し、45歳で死ぬと周りの人に漏らしていたと「ゴロウ・デラックス」出演時に解説をしている。

 40代になった稲垣さんも大きな転機を迎えている。これまで所属していた大きな組織のしがらみから解き放たれ、本当の意味で自ら大海に漕ぎ出していく時が訪れている。岩下さんはそんな稲垣さんを「行動する以外ない。三島は勇気を持って行動した。ゴロウさんは勇気を持ってどう行動するかですよ」と励ましていた。

「新しい地図」を持ち、誰も訪れたことのない場所を目指す稲垣さんは三島の傑作『午後の曳航』をどう読んだのだろうか。従来のファンだけではなく、社会と現実と向き合う30代40代の男性たちも気になるところだろう。

Book Bang編集部

Book Bang編集部
2017年10月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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