作家が綴る、十年間をかけた認知症の父との“ロング・グッドバイ”
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
アメリカでは、アルツハイマー型の認知症を「ロング・グッドバイ」と呼ぶことがあるという。確かに少しずつ日常のことができなくなり、人の顔が分からなくなって、死に至るのは「長いお別れ」という言葉に相応(ふさわ)しいのかもしれない。
小説家の盛田隆二は十年にわたって父親の介護に当たった。発端は母親のパーキンソン病発症だった。母の死が父を認知症に向かわせ、妹の精神的な難病に拍車をかける。その負担はすべて盛田にかかった。やがて彼もうつ病に悩まされるようになる。
辛い物語だ。父親が亡くなり三年過ぎなくては、実体験として書き出せなかった気持ちが痛いほどわかる。
「少し変だな」と感じてから、医師に認知症と診断され、そこから緩やかに病状が進行していく様子は、私も舅で経験した。彼の発症原因は阪神淡路大震災で家が全壊したことだと考えられる。それから十年以上の闘病生活が続いた。姑が元気で、すべてを引き受けてくれたから盛田家のようにはならずに済んだが、一歩違っていたら、同じような境遇になっていたかもしれないのだ。
高度成長期の日本経済を支えた世代のサラリーマンにはありがちなのかもしれないが、家庭内のことはすべて妻任せにし、銀行に行ったことも料理をしたこともなく、着替えの衣類の場所もわからない、という男の人は少なくない。私の舅も盛田の父もその典型である。
妹の病気が篤く、盛田は妻と二人で父親の介護をしなければならなかった。食べさせ着替えさせ、不安を取り除く。とりわけ大変だったのは下の始末だ。人にはなかなか言えないことだったろう。
「家族の晩年」は家族だけでは乗り切れない。介護の専門家や看護師、医師などに頼らざるを得ないが、制度の不備や金銭面で救われない人もたくさんいることを知った。転ばぬ先の杖として大いに参考になる一冊である。