大谷翔平、清宮幸太郎……なぜ栗山監督のもとで若い選手が輝くのか? その指導哲学

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稚心を去る

『稚心を去る』

著者
栗山英樹 [著]
出版社
ワニブックス
ISBN
9784847097515
発売日
2019/01/24
価格
1,485円(税込)

中西哲生・評「人を教え、育てる。原点を言語化した1冊」

[レビュアー] 中西哲生(サッカー解説者、パーソナルトレーナー)

北海道日本ハムファイターズの監督・栗山英樹さん
北海道日本ハムファイターズの監督・栗山英樹さん

 プロサッカー選手だった僕が、プロ野球の監督の本を勧めるというのは、違和感があるかもしれません。ただ、この本を読ませていただいて、これは野球好きの方だけが読む本ではない、そう感じました。

 紹介させていただくのは、北海道日本ハムファイターズの監督、栗山英樹さんの新刊『稚心を去る 一流とそれ以外の差はどこにあるのか』です。

 栗山さんとは、『GetSports』(テレビ朝日)というスポーツ番組で2001年から、監督に就任される2011年までの10年間、仕事でご一緒させていただきました。

 当時からスポーツに対するリスペクトを持たれていた栗山さんは、たとえばサッカーについてもつねに興味を持って話を聞いてくれていましたし、逆に野球について尋ねると丁寧に説明をしてくださいました。

 また、話を聞く選手へのリスペクトを第一とした上で、フラットに接しながら言葉を引き出していくインタビュアーとしての姿勢は、今でも僕に「こうあるべき」という大きな影響を与えてくれています。

 現在は監督という現場で選手たちを導いていらっしゃっていて、あのときよりも、すべての面で進化している印象を受けます。

 そんな栗山さんが書かれたこの本は――先に書いておきますが――経営者や中間管理職の方などはもちろん、一人でも部下がいたり、チームで指揮を執ったりする方には欠かせないヒントが、いや、答えです。答えがいたるところに書かれています。

 こんなくだりがあります。

指導の原点は「いつ、どんな水を渡すのか」

「プロの世界に入ってくるような選手たちは、みんな才能豊かな者ばかりだが、入ったあとのことで言えば、本当にがむしゃらにやれる時期、一番伸びしろのある期間というのは意外と短い。<中略>ラクなことや楽しいことは、人を育ててはくれない。それは、次に頑張るためのご褒美でしかないのだ<中略>ただ、それにも優るものがあるのかもしれないと思うことがあった。あれは入団何年目だったか、クリスマスの夜、大谷翔平が一人でマシンを打ち続けていたことがあった。それを練習熱心のひと言で片付けるのは簡単だが、そこまで熱心になれるのにはやはり理由がある。彼はいつ訪れるかわからない何かをつかむ瞬間、何かというのはコツと言い換えてもいいかもしれない、その瞬間に接する喜びを知っている」

 僕は、栗山さんのような「チーム」ではなく「1対1」のパーソナルコーチ(編集部注:2010~16年まで長友佑都、現在はFC東京の久保建英、レアル・マドリードの中井卓大らプロサッカー選手をマンツーマンで指導している)として活動していますが、ここで綴られていることは、選手を指導するときにつねづね感じていたこと。

 それがわかりやすく一語一句、すべて言語化されてることに衝撃を受けました。栗山さんはこの後の一文で、「野球がうまくなるコツというのは、自転車に乗るコツにも似ている」と書かれているのですが、技術の習得とは本当にその通りなのです。

 指導する側の視点で考えてみると、うまくなりたいと思っている選手たちに対して、「一番欲しいときに一番適切なものを渡せる」ことが重要になります。わかりやすく言えば、いつ「水」をあげるのか、それは「水」なのか「お茶」なのか「スポーツドリンク」なのか、ということです。

 特に「いつ」というタイミングというのは重要で、本書では大谷翔平が打ち込んでいたことを例に出されていますが(「クリスマスの夜に一人黙々とバッティングマシンに向っていた」)、まさに「何か渡されたタイミング」だったのか、もしくは本人の気づきだったのか……。もし「何かを渡されていた」としたら、それは常に「渡すタイミングを見計らっている人」でなければ、「渡すタイミングに気づけなかった」でしょう。

 栗山さんはそれを「兆しを見逃さない」「野球の神様からのメッセージ」と書かれていますが、指導者が思いついたことを思いついたときに選手に話しても、選手には上手く伝わらないのです。

栗山さんが徹底する「オーダーメイド」の姿勢

 他にも、チームの中心選手のひとり宮西尚生投手を引き合いに、データの使い方に言及している箇所があります。

「これからの野球は、数字=データをどう使うかということが、ますます重要になってくる」
「データは宮西が調子を落としていることを示していた。ただ宮西は、明らかに調子は落ちているのに、相手と駆け引きしながら抑えてしまう。だから、(データは)どう使うかが重要なのだ」

 データよりも選手の肌感覚に任せた方が、結果が出るときもある。つまり、今、起きていることの中でデータなのか、肌感覚なのか、そうした柔軟性を持つことが重要なのです。

 引用させていただいた箇所に共通するのは、栗山監督が選手一人ひとりに対して、すべてオーダーメイドの対応で臨んでいる姿勢です。どんなことにも絶対の正解はなく、だからいつ、何を教える・伝えることができるかを、考え抜いていることがよくわかります。

中西哲生さん
サッカー解説者、パーソナルトレーナーの中西哲生さん

稚心を去る、その先にあるリーダーの資質とは

 この本のハイライトはタイトルにもなっている「稚心を去る」だと感じます。

 人には「大人の心」と「子供の心」がいつも共存をしていて、どちらかがつねに顔を出す。調子がいいときは誰だって「大人の心」でチームに貢献できる。ただ疲れたり、調子が悪かったりすると「子供の心」が出てきてしまって、チームに貢献できず、自身の成長を妨げてしまう。

 自分にも思い当たる節があって、改めて自省する言葉になりましたが、栗山さんの解釈はそれだけにとどまりませんでした。指揮官として選手たちに、

「『子供っぽい心』を出させてしまったときは、いつも責任を感じてしまう。どうして『大人の心』を引き出してあげられなかったのか、と。結果が出ていれば、自然と『大人の心』が出てきて、誰でも『チームのために』となる。<中略>難しいのは、結果が出てないときにいかに『大人の心』を引き出すか。きっとそれを引き出すのが、監督の仕事なんだと思う」

 つまり、わがままにさせてしまった、子供っぽい心を出させてしまったのは、自分の責任であると、自らに問うているわけです。

 本書ではこれだけでなく、野球界のみならず多くの偉人や識者たちの言葉から、指導する立場の人間の責任(指揮官の責任)を紐解いています。それは、先にも書いた通り、多くのリーダーにとって「ヒントとなる答え」です。

 ぜひとも、多くの方に手に取って頂きたい一冊です。

JBpress
2019年4月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

JBpress

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