【島倉原×森永康平対談】「10万円給付」の罠!? MMTから考える日本経済の未来(前編)

対談・鼎談

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MMT〈現代貨幣理論〉とは何か 日本を救う反緊縮理論

『MMT〈現代貨幣理論〉とは何か 日本を救う反緊縮理論』

著者
島倉 原 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784040823232
発売日
2019/12/07
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【島倉原×森永康平対談】「10万円給付」の罠!? MMTから考える日本経済の未来(前編)

[文] カドブン

新型コロナウイルスの猛威が止まりませんが、同時に心配されているのが経済への影響です。「コロナ・ショック」と呼ばれるインパクトを受けて、財政出動の重要性を主張する声も大きくなっていますが、そのような中で再び注目を浴びているのがMMT(Modern Monetary Theory、現代貨幣理論)です。今回は、2019年8月に『MMT現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)を監訳し、12月には『MMT〈現代貨幣理論〉とは何か 日本を救う反緊縮理論』(角川新書)を刊行された島倉原さんと、2020年6月に『MMTが日本を救う』(宝島社新書)を刊行された森永康平さんに、MMTから見た日本経済の行く末について、お話しいただきました。

■財政出動という「タブー」を打ち破る

――新型コロナウイルスの影響が日々報じられる中で、MMT(Modern Monetary Theory、現代貨幣理論)への注目も集まっているように思います。今回、森永さんがこちらの『MMTが日本を救う』を刊行されたのには、どういう背景があったのでしょうか?

森永:出版の打ち合わせということではなく、普通に友人であった担当編集者と話をしていたときに、今回の新型コロナウイルスの騒ぎで間違いなく日本経済は落ち込むだろう、という話題になりました。しかし、金融政策でできることは限られている。となると、必然的に財政出動しかないのだけれど、日本人の一般的な感覚としては「いやいや、日本は国の借金が1人あたり約880万円もあるのに、財政出動なんてできないよ」とか「日本が財政破綻してしまう」といった声が多くあがるだろう。そのカウンターとして、MMTがまた脚光を浴びるのではないか――という話になり、急遽出版しようということになりました。島倉さんが『MMT〈現代貨幣理論〉とは何か』を出されたのは昨年末ごろでしたよね?

島倉:ええ、そうです。

森永:こちらの本を執筆するまでには、どういう経緯があったのですか?

島倉:私自身は、2011年の東日本大震災をきっかけに、経済評論活動を始めました。当時から、日本経済が長期にわたって停滞している原因は、緊縮財政であると考えていました。これは、データを見る限り、全く疑いようのないことです。

森永:一目瞭然ですよね。

島倉:ところが、東日本大震災のような未曽有の災害が起きてもなお、緊縮財政の流れが変わらないどころか、増税の話すら出てきました。それで、「これはマズイ」と思い、誰が見るとも知れないブログを書き始めたというわけです。その後は活動の場を広げ、2015年には『積極財政宣言 なぜ、アベノミクスでは豊かになれないのか』(新評論)という本を出し、さらに研究を進める中でMMTの存在を知ったのが2016年のことです。そして昨年、アメリカで出版されているMMTのテキスト『MMT現代貨幣理論入門』(L・ランダル・レイ著、島倉原監訳、鈴木正徳訳、東洋経済新報社)の監訳作業と並行して、MMTの解説とそれに基づく日本経済分析を1冊の本にまとめたのが『MMTとは何か』です。

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森永:僕も、アプローチは島倉さんと近くて、いろいろな経済関係のデータを時系列でバーッと見ていったときに、誰がどう見たって緊縮財政を始めたころから日本経済が弱くなっていったというのは分かるわけじゃないですか。

島倉:まあ、分かるはずなんですけどね(笑)

森永:この緊縮財政という考え方を修正しようよってなったときに、MMTの「まずは積極的に財政を出していこう」という発想はみんなが知っておくべきだなと思ったんです。

■MMTの出発点は「貨幣」であって「財政」ではない

――いま一度、MMTの基本についてお伺いできますか?

島倉:まず最初に強調しておきたいのは、MMTの根本は、「貨幣」に対する考え方が主流派経済学とは全く異なるという点です。MMTというと、「政府は、自国通貨建ての赤字や債務がいくら増えても債務不履行には陥らない」といった、財政に関する主張にどうしても焦点が当たりがちですが、そんな単純なものではない。

森永:そうですね。そこを勘違いしている議論は、SNS上で多く見られます。

島倉:いわゆる主流派経済学では、物々交換を前提として、それを置き換える「モノ」として貨幣が成立したと想定されています。ところが、歴史学や人類学では物々交換が行われていた証拠は見つかっておらず、こうした想定は明らかに事実と矛盾する。にもかかわらず、主流派経済学ではそれに基づいて、様々な議論を組み立ててしまっているのです。

たとえば「リフレ派」と呼ばれる人たちは、「中央銀行がとにかくマネタリーベースを増やせば、デフレから脱却できる」と主張してきました。これは、すごく単純化すれば、「世の中に存在するモノとしてのマネーを増やせば、需要と供給のバランスでマネーの価値が下がり、インフレになるはずだ」という主張です。

森永:僕は仲良くしていただいている方にリフレ派の方も多いので、今回の出版に際して「MMTの本なんて書くのかよ」と言われました(笑)

島倉:そんなことを言われたんですか(笑)。対して、貨幣とはある種の「債務証書」であり、その価値の源泉は債権としての価値、つまりは人々の契約関係にあるというのがMMTの貨幣観です。そして、振込やクレジットカード代金の引き落としなどが典型ですが、実際に世の中を動かしているマネー(マネーストック)の大半は、民間銀行が貸出を行う際に借り手の口座に記帳することで生み出される銀行の債務、すなわち民間預金です。マネーストックの一部は中央銀行が発行する現金ですが、これも人々が自分の預金を引き出した結果として世の中に存在するのであって、中央銀行が主体的に供給しているわけではありません。

これに対して、今の日銀が金融緩和で一生懸命増やそうとしているマネー(マネタリーベース)とは、主に銀行間決済のため、民間銀行が日銀に保有している「日銀当座預金」です。ところが、人々や企業に借入ニーズがないところに、銀行間の決済資金である日銀当座預金をどれだけ増やしたからといって、マネーストックや実体経済にはほとんど影響しないのが現実です。

にもかかわらず、「中央銀行がマネタリーベースを増やせばそれに伴ってマネーストックも増え、その結果としてインフレになる」というのが主流派経済学、あるいはリフレ派の論理構造です。それは、現実とは真逆の理論とすら言えるでしょう。

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■MMTが注目される今の日本は80年前の世界と似ている

――今のお話を聞くと、主流派経済学の欠陥を上手く突いているという点でMMTが注目されてきているのかなと思いますが、お二人としてはこのタイミングでMMTがクローズアップされてきた理由をどのように考えていますか?

森永:注目すべきポイントは2点あると思っています。一つ目のきっかけは2019年10月の消費税の増税ですよね。増税が決まった段階では「財政健全化のために必要だ」という人もいれば「このタイミングでの増税はありえない」という人もいて、いろいろな意見がありましたが、いざ蓋を開けてみれば、結果は2019年10~12月期のGDPが前期比年率マイナス7.1%(二次速報値)。これで「やっぱりダメだったじゃん」という雰囲気になったと感じています。

そんな中で、新型コロナウイルスの感染拡大によってさらに日本経済がボロボロになった。これが二つ目です。国としては感染拡大防止と経済活動の維持を天秤にかけて、前者を取った。となると、当然「国が休業しろって言ってるんだから、その分は補償をしろ」という話が出て、それに対して「いやいや、そんなのは財源がないから無理」という議論になります。このように、日本という国においては珍しく、一般国民レベルにおいて、短いスパンで財政出す/出さない問題が2回も出てきた。そこにバズワードとして出てきたのが「MMT」です。たぶん、このムーブメントの中では、「MMT=積極財政」くらいの認識で使われていると思います。

島倉:確かにそれくらいの理解だと思います。

森永:さらに直近では、東京都知事選に山本太郎さんが立候補したことも影響があるのかもしれません。積極財政の方針を打ち出していますし、なにか既成の枠組みを壊してくれるんじゃないか、という期待も込みでの盛り上がりだと思っています。

島倉:もう少し大きなスパンでの見方になってしまいますが、日本だけではなく、世界全体が80年くらい前と似たところがあるように思います。たとえば、世界的な金融危機の後で経済が停滞したり、金利もものすごく低下したりといったところです。そして、80年前と言えば、MMTのルーツでもあるケインズの『一般理論』や、アバ・ラーナーの「機能的財政論」といった経済理論が登場し、脚光を浴びた時代です。こうした過去の状況と、MMTが注目を集めている現状は、似たような構造にあるのではないかと思っています。

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■「10万円給付」「ベーシックインカム」に隠された罠

島倉:いま、山本太郎さんの話が出ましたが、彼は「都民全員に10万円給付する」と言っていましたよね。「通貨発行権を持たない東京都に、そもそもそんなことが可能なのか」という議論は別として、恐らくは「財政赤字をいくら出しても問題ない」という話と関連して、同じように、MMT的な言説と共に給付金的な政策を主張する人は時折見かけます。ですが、通貨価値の維持を重視するMMTは基本的に、「労働」という生産活動の対価ではない、給付金的な財政支出には否定的ですし、私自身もこうした主張には相当問題があると思っています。

森永:分かります。彼を否定するわけじゃないんですけど、「僕が当選したら都民に10万円給付します」という政策イコール積極財政やMMTという印象を持たれるのは困る。

ベーシックインカム(BI)もそうですけど、こういう「お金あげます」みたいな主張って、容易に自己責任論に転化してしまう危険性があるわけですよ。「毎月〇〇万円あげるから、社会保障いらないでしょ」とかの議論にすぐにすり替わってしまう。BIの考え方は、リバタリアンとして知られるミルトン・フリードマンも主張していますけど、彼が一見「大きな政府」を支持するように見えるBIの話を持ち出した背景にはこういう考え方がありました。

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島倉:そうですね。企業側からも、「給付金やBIがあるんだったら、もっと解雇しやすいように法律を変えてもらってもいいですよね」という話が出てきやすくなりそうです。そうなると、まさにフリードマンの思惑通りというか……。

森永:歴史から学べることは、経済が不安定になるとポピュリストが台頭します。MMTってポピュリストからすると、とても使いやすいマーケティングの道具なんですよね。「もっとお金を出せますよ」という話の根拠になってしまいますから。もちろん、これはMMTですらなく、MMTという言葉は使わずに他の言葉を使うべきということは本の中でも明確に書きました。

島倉:そういう意味では、給付金や補償金のような政策ばかりが先行して、その中でMMTが脚光を浴びている状況に、私自身はものすごく危うさを感じています。「緊縮財政をやめろ」という主張はその通りだと思いますが、目先の問題への対応だけではなく、そもそも緊縮財政によって日本が長期停滞しているという観点から、財政支出のあるべき姿を考える必要があると思います。

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■コロナ・ショックの背景にある「失われた30年」のツケ

島倉:今回の「コロナ・ショック」にしても、直前の消費税増税、あるいは長年にわたる雇用環境悪化に伴う非正規雇用の拡大など、これまでの緊縮財政の積み重ねが、短期的な経済的ダメージを増幅しています。また、感染症被害への対応という点でも、長期にわたる緊縮財政が、混乱につながっているところもあると思います。

たとえば今回、マスクをはじめとした医療物資が国内で調達できないことが問題となりました。そこには、1997年以降、製造業の国内生産能力が低下を続けているというマクロ的な背景があります。つまり、突き詰めると民間所得の源泉はほぼ政府支出なので、緊縮財政で政府支出が抑制されれば、民間所得の伸びも止まってしまいます。すると、製造業が利益成長が見込めない国内への投資を縮小することから生産能力が徐々に低下し、結果として、これまで国内で作れていたものも作れなくなってしまうのです。

こうした状況は20年以上続いているわけですから、やみくもに財政支出を拡大すれば解決するというものではないでしょう。どのような形で支出を拡大すればより生産能力の向上につながるか、合理的・戦略的に判断すべきです。

――打開策はあるのでしょうか?

島倉:重点を置くべきは、広い意味での「公共事業」だと思います。インフラなどへの公共投資は、緊縮財政下でも高齢化で医療費などの社会保障支出が拡大したことの帳尻合わせとして、ピークから4割以上削られています。その結果、特に地方経済がものすごく疲弊して、首都圏一極集中といった弊害も生じています。

また、防災インフラへの投資が削減された結果、地震や水害といった大規模災害によって被害が拡大するリスクが大幅に高まっています。昨年の台風19号の時にも、民主党政権時代にさんざん叩かれた八ッ場ダムのおかげで被害が抑えられた、なんてことがありましたが、裏を返せば、公共事業をこれだけ削減していなければ、それ以外の災害時も含め、被害をもっと減らすことができたはずですし、それは将来の災害にも当てはまります。

そして、公共事業には、建設業をはじめとした就業機会の拡大を通じて、雇用環境を改善しつつ、「国内の生産能力=社会全体を豊かにする力」を高める効果があります。これは、MMTが提唱する「機能的財政」や「就業保証プログラム」にも通じるものだと思います。

――ある一定の世代以上では、公共事業というと、どこかダーティーな印象を受ける人もいるかもしれません……。

森永:公共事業と聞くと、なぜか談合とか天下りという言葉も一緒に紐づけられていますよね。

島倉:それは「財政赤字は悪」というイメージと同じように、マスコミなどに刷り込まれたところも大きいのではないでしょうか。それに、「公共事業」とは、何も土木・建設事業に限りません。交通・通信・エネルギー・医療・福祉といった公益的な分野の中には、営利目的の民間企業ではなく、政府や公営企業が運営した方が社会全体にとって良い事業が、数多くあるはずです。

森永:僕としては、後で詳しく話しますけど、ある種「予算を削る方が楽」というマインドもあるような気がします。いざ「公共投資しましょう」と言っても、すぐ「あんなところにトンネルを造っても意味がないだろ」みたいな話になってしまいますよね。ゲーム理論じゃないですけど、リスク回避型の行動パターンが出てしまっているというか。

島倉:昔はたぶんそこまでではなかったと思いますが、今はそういうマインドが強くなっているかもしれませんね。それも自己増幅的な、緊縮財政の弊害だと思います。

(後編へつづく)

撮影:小嶋淑子

KADOKAWA カドブン
2020年7月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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