有栖川有栖さんを魅了したコロナ禍の憂さを振り払ってくれる一冊

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朝焼けにファンファーレ

『朝焼けにファンファーレ』

著者
織守 きょうや [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103537113
発売日
2020/11/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

胸に刻まれる朝焼け

[レビュアー] 有栖川有栖(作家)

有栖川有栖・評「胸に刻まれる朝焼け」

累計50万部を超える〈記憶屋〉シリーズを手掛ける現役弁護士の織守きょうやさんが、法曹を目指す若者たちのリアルな姿を描いたリーガル青春小説『朝焼けにファンファーレ』を刊行。コロナ禍の憂さを振り払ってくれる一級のエンターテインメント作品と絶賛する作家の有栖川有栖さんが本作の読みどころを語る。

 ***

 新型コロナウイルスとの闘いが続き、二〇二〇年はどうにも重苦しい一年になった。こんな時だからこそ、コロナ禍の憂さを振り払ってくれる本、元気を与えてくれる小説が読みたい――という方にぴったりの一冊が『朝焼けにファンファーレ』だ。

 作者の織守きょうやさんは、ホラーからミステリまでエンターテインメントの広い領域で健筆をふるっているが、現役の弁護士でもある。司法修習生たちと彼らを育てようとする先輩たちを描いた『朝焼けにファンファーレ』は、そんな作者だからこそ書けた最上質の〈お仕事小説〉だ。

 いや、ちょっと違うな。司法試験に合格したばかりの彼ら(中には十九歳の少年もいる)は法曹界に入るべく研鑽中のヒヨコだから、〈見習い小説〉と呼ぶべきか。

 法律家の世界の舞台裏を見せてもらうのは興味深いし、成長の過程にある初々しい人は応援したくなるのが人情。読み始めるなり、たちまち物語の世界に引き込まれてしまう。

 本作は四章から成り、第一章でフィーチャーされる修習生は〈遊び人のお坊ちゃま〉にも見える茶髪の藤掛千尋。弁護修習で彼の指導にあたるのは澤田花。花は依頼人の女性から深刻でデリケートな相談を持ち掛けられて対応に悩むが――。

 第二章は、二件の少年審判をめぐるエピソード。「少年事件における法律家の役割」について考え込む修習生・松枝侑李を、裁判所書記官の朝香夏美が見守る。

 第三章でスポットライトが当たる柳祥真は、十代で司法試験に合格して、天才少年の異名を持つ。彼は試験に強いだけではなく、名探偵のごとき頭脳の冴えを見せて――。

 修習も大詰めとなり、第四章で舞台は司法研修所に移る。最後の関門を突破するため勉強に励む彼らの間で、なんと思いもかけない事件が――。

 章ごとに視点人物が変わる構成も巧みで、ただ「愉快な奴だな」と思ったキャラクターが別の人物の目を通して見たらぐっと厚みや陰影を増し、鮮やかな立体感を持ちだす。

 この小説では、誰もが人生の主人公として生きている。修習生たちも、彼らを指導するプロフェッショナルたちも。その点において、個性的なキャラクターを面白おかしく配置しただけの小説と一線を画す。

 研修のために派遣された弁護士事務所や司法研修所で起きるハプニング(はっきり事件性を持つものもある)に修習生たちはどう対処し、自分が進む道――裁判官・検事・弁護士のいずれを選ぶかは研修の終わりに決まる――をどう選び、法律家としてどのような自覚を持つようになるのか?

「司法試験だの法律家の世界だの、自分には縁がない」と思う方がいるかもしれないが、法律と無縁で生きている人間はいない。「法律はその精神に照らしてこのようなものであるべき。法律家にはこうあってほしい」という理想を、私たちは抱いていい。この作品を読んで、そんなことを考えた。

 といっても堅苦しい小説ではなく、それどころかストーリーテリングの妙とキャラクターの魅力でするすると読める一級のエンターテインメントだ。ミステリとしても随所で楽しめて、何重にもおいしい。

 彼らが奮闘するのは、朝焼けを間近にした薄明の頃。日の出の気配が漂い始め、ひっそりとして清々しく、胸が静かに高鳴る時間だ。

 物語の最後に訪れる朝焼けの美しさは、読者の胸に深く刻まれるだろう。

新潮社
2020年12月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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