辻村深月、渾身の一作! 名前のないハラスメントが増殖する、戦慄のホラーミステリ『闇祓』インタビュー

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闇祓

『闇祓』

著者
辻村 深月 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041117316
発売日
2021/10/29
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

辻村深月、渾身の一作! 名前のないハラスメントが増殖する、戦慄のホラーミステリ『闇祓』インタビュー

[文] カドブン

取材・文:朝宮運河 撮影:川口宗道

■「読後の皆さんの見る世界が少し違って見えたなら、作者としては光栄に思います。」
『闇祓』著者辻村深月さんインタビュー

10月29日、辻村深月さんの長編『闇祓』が刊行されます。モラハラともセクハラとも異なる、まだ認知されていないハラスメントの形「闇ハラスメント」。それがコミュニティに蔓延し、死と不幸をもたらす……、という戦慄のホラーミステリです。刊行を記念して著者・辻村深月さんにインタビューしました。

▼辻村深月、待望の新刊! 初の本格ホラーミステリ長編『闇祓』冒頭試し読み
https://kadobun.jp/trial/yamihara/dee5clscpf4s.html

辻村深月、渾身の一作! 名前のないハラスメントが増殖する、戦慄のホラーミス...
辻村深月、渾身の一作! 名前のないハラスメントが増殖する、戦慄のホラーミス…

■ずっとホラーが書きたかった

――「小説 野性時代」に連載されていたホラーミステリ長編『闇祓』がついに単行本化されました。辻村さんはこれまで『ふちなしのかがみ』『きのうの影踏み』とホラー系の短編集を2冊お書きになっていますが、長編はこれが初めてですね。

辻村:はい。わたしはホラーを読むのも観るのも大好きで、デビュー直後からいつかはホラーの長編を書きたいと思っていたんです。でも大好きなジャンルであるだけに、高い技術が必要だということも分かっていて。短編をいくつか書きながら自分が書くべきホラーを探っていたような気がします。
 ホラーって、自分の日常が脅かされるかもしれないという想像力に訴えてくる部分も大きいですよね。そこで“謎の来訪者によってコミュニティの様子がおかしくなっていく”“日常が狂わされていく”描写に力点を置いた長編を書いてみたいと思いました。学校や集合住宅などさまざまなコミュニティを舞台にして、元凶が誰なのかを探るスタイルにしていけば、長編のホラーミステリとしても成立するんじゃないかと。ホラーにも色々な形がありますが、私が好きなのは綾辻行人さんのような、ミステリ的な驚きや見せ方を含んだホラー。強い憧れがあります。

――『闇祓』の主要モチーフはハラスメント。モラハラともセクハラとも異なる「闇ハラスメント」(精神・心が闇の状態にあることから生ずる、自分の事情や思いなどを一方的に相手に押しつけ、不快にさせる言動・行為)が、恐怖の源として扱われています。

辻村:意味もないマウンティングをされた、心が妙にザラっとなるようなことを言われた、という体験談を相次いで聞く機会があって、それは一種のハラスメントなのではないかと感じたんです。
夫婦間や恋人同士ならモラハラと呼ばれますし、性別に関わることならセクハラですが、関係性が固定していないためにまだ呼び名がない。でも明らかにモラハラやセクハラに近いモヤモヤを感じさせる言動や行為が、世の中にはありますよね。それに形を与えられたら小説として大きなテーマになるのではないかと。そこで、まだ名前がないけれど「何かハラ」ではある行為、自分の事情や思いを一方的に押しつける行為に対して、「闇ハラ」という言葉を作りました。この造語とホラーミステリのアイデアが結びついて、『闇祓』になったという経緯ですね。

■主人公・澪につきまとう転校生・白石要の目的は

――『闇祓』は5章からなる連作形式。前半4章では高校・団地・会社・小学校を舞台に、各コミュニティで増殖するさまざまな闇ハラが描かれていきます。

辻村:コミュニティに入り込む4人の性別・年齢から、舞台が自ずと決まりました。第1章を高校にしたのは意図的ですね。私はデビュー作が青春小説ですし、そのイメージが強いとも思うので、今回は恋愛の要素が強い学園もの? と思ったら全然違う、という部分で驚いてもらいたかったんです。
20代のわたしならたぶん、導入には小学校編を持ってきたはずなんですよ。今回の構成は、今の自分だから思いきって大胆な方向に展開させることができた部分もかなりあります。やはり、長編のホラーに挑むまでの間に、私も作風を確立させたり、経験値を積む必要があったんだな、と思っています。

――第1章「転校生」の主人公・原野澪は高校2年生。クラス委員長の彼女は、転校してきたばかりの男子生徒・白石要に重たい視線でじっと見つめられたり、突然「今日、家に行ってもいい?」と言われたりと、空気を読まない言動に悩まされます。

辻村:第1章は教室を舞台に、闇ハラの典型的なパターンを描いています。親しくもない相手に距離を詰められる不快さや、それが周囲に伝わりにくいもどかしさ。優等生で勘違いされやすい澪のキャラクターも含めて、ハラスメントがどういうものなのかを第1章で読者にインストールしてもらった状態で、第2章以降ではその発展形を読んでもらう、という作り方をしていきました。そのため、“誰が元凶なのか”のミステリめいた部分も、より楽しんでもらえる構成になっていると思います。
白石要のキャラクターは雑誌連載中からとにかく気持ちが悪い、と反響があったんです。この章の執筆とほぼ同時期に『映画ドラえもん のび太の月面探査記』の脚本を書いていたんですが、あの映画には月野ルカというかっこいい転校生が登場します。両方見てくれた友人から、「同じ作者が書いたのに全然違う転校生」と言われたのがなんだかうれしかったです(笑)。

――要を恐れた澪は部活の先輩・神原に助けを求めます。転校生にされると不快なことでも、神原が相手だと嬉しい。どこまでが好意でどこからがハラスメントなのか、というデリケートな問題にも踏み込んでいますね。

辻村:ハラスメントの加害者は、相手が嫌がっていることにおそらくあまり気づいていない。それどころか善意からの言動だったり、相手が喜んでいると勘違いしていることさえあります。この圧倒的にかみ合わない感じが、ハラスメントのもつ怖さですよね。個人的にはいくら親切心から発せられた言動であっても、された側が脅威を感じたらそれは立派なハラスメントと思いますが。

――誰しもハラスメントの加害者になりうるという事実。それが物語の設定と結びついて、1章後半の鮮やかなサプライズを導きます。

辻村:たとえば澪の親友の沙穂だって、恋に悩んでいる時期は闇ハラに近いことを周囲にしていたはずなんです。闇ハラは属性ではなく状態なので、誰でも加害者になる可能性がある。その危うさがミステリ的な見せ方とうまく融合してくれました。単なるストーカーものに見せかけて実は……、というひっくり返しは当初から考えていたので、連載中は読者の反応も楽しみで、章ごとに毎回わくわくしていました。
澪を取り巻くキャラクターの心情はあえて記述を抑えました。登場人物がなぜそうしたのか、著者が説明してしまうより、読者自身に気づいてもらうことで、より伝わる感覚があるのではないかと思ったんです。これも、読み手の想像力を信じて委ねることができるようになってきたから書けた部分だと感じています。

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辻村深月、渾身の一作! 名前のないハラスメントが増殖する、戦慄のホラーミス…

■日常に軸足を置いた、“読ませる”ホラーを

――第2章「隣人」は子育て世代に人気の団地が舞台。主人公の三木島梨津は、団地のリノベーションを手がけたデザイナーである沢渡夫妻のお茶会に招かれ、二人を取り巻く人間関係に違和感を覚えます。ママ友の闇ハラがさまざまな形で描かれるエピソードです。

辻村:普通とされている人の中にも闇ハラの芽がある、ということを書きたいと思いました。梨津は沢渡夫妻のさりげないマウンティングを察知して、そのつど思い悩みますが、それは彼女の中にも他人と優劣を競いたいという部分があればこそなんですね。その小さな闇が、悪夢のように歪んでいく団地と少しずつ共鳴してしまう。遠くにあると思っている闇が、実は他人事ではなく自分事になりうるという瞬間を描いてみたかったんです。

――団地での飛び降り、居心地の悪いお茶会、ある住人の事故死とそれに対するママ友たちの非常識な言動。幸せだったはずの梨津の日常は、じわじわと恐怖と狂気に染まっていきます。

辻村:自分が好きだったホラーを思い浮かべながら、読者の期待値を高めていくような展開を重ねていきました。青いビニールシートがバタバタ音を立てるとか、ホラーっぽい手法を考え、どうしたら怖くて鮮やかな「画」が撮れるか、と想像しながら書くのがとても楽しかったです。作中で起きる怖い出来事の大半は、超常現象ではなく、あくまで日常の延長線上にあるもの。読者に「これはフィクションだから」と安心感を与えたくなかったんです(笑)。

――そしてラストに待ち受ける衝撃の展開。イヤミス風の物語がホラーに転じて、心底ゾッとさせられました。

辻村:嬉しいです! 自分ではどこまで恐怖に迫れたか分からなかったので、怖いと言ってもらえると安心します。目指したのは日常に軸足を置いた、続きが気になる“読ませる”ホラー。入り口は身近なママ友トラブルであっても、出口には予想外の景色が広がっているのを見てもらえたら嬉しいです。

■本格ミステリとしても読み応え十分

――第3章「同僚」では常軌を逸した職場でのパワハラが、第4章の「班長」では小学校のクラス内での正義の暴走が描かれます。章が進むにつれて明らかになるのは、闇を振りまき、他人を不幸に陥れるものたちの存在です。

辻村:担当編集者から「この人たちから身を守る方法はないんですか?」と何度も聞かれたんです。そこまで身近な問題として引き寄せて読んでもらえたのは、小説家冥利に尽きます。でも、『リング』でビデオを観たり、『呪怨』であの家に立ち入ったら助からないのと同じで、一旦コミュニティに入り込まれたら終わり、という逃げ場のない感じを目指しました。入り込んでくるものの正体やシステムについては、自分でも納得のいく真相を用意できたと思っています。理由もなく増殖する闇ハラの元凶を考えていくと、きっとあの形しかない、と。

――タイトルの『闇祓』にはふたつの意味がありますね。ひとつは「闇ハラスメント」の略、もうひとつが「闇を祓う」こと。クライマックスの最終章「家族」では、邪悪なものたちと闇を祓う側との死闘が描かれます。

辻村:ホラーだけでなくサイキックアクションも好きなので、自分の趣味がにじみ出た最終章になったかなと思います。1章の後半で、それまでの落ち着いたホラーから動きのある展開になったことで、「これは自分が好きで読んできたやつ!」と嬉しくなりました。自分でも「私、こんなの書けたの?」と新しい扉が開いた感じがあります。
王道ホラーのセオリーとしてクライマックスでは大災厄を起こしたかったので、最終章は病院を舞台にしています。当初はコミュニティの規模をどんどん大きくして、市をまるごと崩壊させたいと思っていたのですが、そこまでは書き切れませんでした。万が一続編があるならリベンジしたいですね(笑)。

――エピソード間の緻密なつながり、最終章で明かされる意外な真相など、本格ミステリとしても読み応え十分です。全体の構成はあらかじめ考えていたのでしょうか?

辻村:ある人物の正体についてはイメージしていましたが、決めていたのはそのくらいですね。細かいところは書きながら考えていきました。4章、最終章で前半のエピソードを回収していますが、そこもあえて伏線として書いていたわけではないんです。ミステリってこういうものだよな、というお手本が頭の中にあって、それに従って石を置くと毎回、不思議と綺麗な形になってくれる。私がミステリを書けるのは、先輩作家の皆さんが書いてくれた優れたお手本のおかげだと思っています。

■闇ハラはすでに世の中に溢れている

――ハラスメントという現実的な問題が、恐怖と驚きに満ちたエンターテインメントに昇華されていて、圧巻でした。作品を書き上げた今のお気持ちは?

辻村:ニュースで報道される信じがたい事件など、現代人がリアルに怖いと感じるものを取り込んだ、私なりのホラーミステリを書くことができたと思っています。「やっぱり一番怖いのは人間だよね」という読者の方にも、違った部分で怖がってもらえるのではないかと。ミステリ作家の書いたホラーとしては、及第点が出せたんじゃないかな、と自負しています。

――本書をきっかけに「闇ハラ」という言葉が流行するかもしれませんね。

辻村:作中で架空の闇ハラ案件を列挙したんですが、書いていると現実の事件や炎上したケースに似ていってしまうんです。まずいと思って書き直すと、また別のケースに似てしまう。これまで名前がなかっただけで、こんなにも世の中は闇ハラに溢れているのか、と呆然とする思いでした。日常生活で感じているモヤモヤや不快感も「これって闇ハラかも」と意識することで、捉え方が変わってくるかもしれませんね。この言葉が流行する世の中は、きっとよくない世の中なのだと思いますが(笑)、読後の皆さんの見る世界が少し違って見えたなら、作者としては光栄に思います。

辻村深月、渾身の一作! 名前のないハラスメントが増殖する、戦慄のホラーミス...
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■初の本格ホラーミステリ長編『闇祓』冒頭試し読み

辻村深月、渾身の一作! 名前のないハラスメントが増殖する、戦慄のホラーミス...
辻村深月、渾身の一作! 名前のないハラスメントが増殖する、戦慄のホラーミス…

辻村深月、待望の新刊! 初の本格ホラーミステリ長編『闇祓』冒頭試し読み
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■作品詳細:『闇祓』辻村深月

辻村深月、渾身の一作! 名前のないハラスメントが増殖する、戦慄のホラーミス...
辻村深月、渾身の一作! 名前のないハラスメントが増殖する、戦慄のホラーミス…

闇祓
著者 辻村 深月
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年10月29日

あいつらが来ると、人が死ぬ。 辻村深月、初の本格ホラーミステリ長編!
「うちのクラスの転校生は何かがおかしい――」
クラスになじめない転校生・要に、親切に接する委員長・澪。
しかし、そんな彼女に要は不審な態度で迫る。
唐突に「今日、家に行っていい?」と尋ねたり、家の周りに出没したり……。
ヤバい行動を繰り返す要に恐怖を覚えた澪は憧れの先輩・神原に助けを求めるが――。
身近にある名前を持たない悪意が増殖し、迫ってくる。一気読みエンタテインメント!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000675/
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KADOKAWA カドブン
2021年10月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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