宗教芸術の奇妙さを読み解く「約束事」
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
宗教の中心には、経典や戒律といった厳格なテキストがある。一字一句をゆるがせにできないものだ。しかしそうした高邁な教えのみで多くの人の心をとらえることは難しい。だから宗教はたいてい、感覚的な入り口を用意している。祈りの動作や読経、賛美歌などは、それを行う人に身体的な快感(正しいことや美しいことをしているという感じ)をもたらすし、彫像や絵画などは視覚的にその宗教の奥深さを感じとらせる。論理的なものと感性的なものが協力して初めて発生する魅力が、その宗教を広めていくのだ。
宗教芸術の視覚的な面をこれ一冊で概観できるのが、中村圭志『宗教図像学入門 十字架、神殿から仏像、怪獣まで』だ。豊富な図版とともに各宗教を横断しながら、仏像や聖書絵画などの「約束事」に言及していく。魚がキリストを象徴するわけや、動物の頭部をもった神々の由来を知ると、これまで奇妙にしか思えなかったものの意味が見えてくる。また、映画『タイタニック』のワンシーンやムンクの絵画「叫び」など意外な図版もあり、宗教的図像の世界がその外側の世界と密接につながっていることが実感できるし、寺院や巡礼地などの空間構造についての解説を読めば、より大きな視角で宗教的図像の世界をとらえる試みへといざなわれる。
これまでにも数々の宗教入門書を手がけてきた著者の文章は、簡潔でありながらさりげなく読者を気遣っている。よい入門書だ。