『ハロー・グッドバイ 東京バンドワゴン』小路幸也さんインタビュー「ハロー」「グッドバイ」が言える世界に

インタビュー

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ハロー・グッドバイ 東京バンドワゴン

『ハロー・グッドバイ 東京バンドワゴン』

著者
小路 幸也 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087754629
発売日
2022/04/26
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『ハロー・グッドバイ 東京バンドワゴン』小路幸也さんインタビュー「ハロー」「グッドバイ」が言える世界に

[文] 宮内千和子(フリーライター)

「ハロー」「グッドバイ」と言える日々が早く戻るといいね――その思いを込めて

小路幸也
小路幸也

下町で老舗古書店〈東亰(とうきよう)バンドワゴン〉を営む大家族・堀田(ほつた)家を描いた、小路幸也さんの人気シリーズ、その最新作『ハロー・グッドバイ』が刊行されます。第十七弾となる今作は、ハードボイルドな展開を見せた前作の番外編から一転、いつものにぎやかな堀田家の日常に戻ってきます。
亡くなってからもずっと堀田家を見守り続けるサチさんの語りで静かに物語は幕を開けますが、今作では堀田家の環境にちょっとした変化が。堀田家の裏では増谷(ますたに)家と会沢(あいざわ)家の新しい家の工事が始まり、さらにお客さんの要望もあって、古書店隣接の〈かふぇ あさん〉の夜営業も開始。そんな少し気ぜわしい変化の中で勃発するトラブルや事件とは――。
堀田家の面々が乗り出す事件の裏にはいつも人の情けが絡んで読後はほっこり。現実を見れば、コロナ禍で人間関係も何かと不自由な世の中ですが、今作では特に、人とのつながりや縁の大切さが大きなテーマに。生きていく上で「本当に必要なもの」とは何かを、しみじみ考えさせられます。そんなテーマも含めて、小路さんに本作への思いを伺いました。


ホームドラマの原点に戻って
物語をぐっとシンプルに

―― イギリスを舞台にした、前作の番外編『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード』は、構成も仕掛けも大胆でエキサイティングでしたが、本編の今回は堀田家のいつもの物語に返っています。流れとしても静かで、仕掛けもそれほど大きなものではなく、堀田家ファンとしては、じっくり物語を満喫できる作りになっているように感じました。

 番外編が終わって、今回また本編に戻る際に、思い切りシンプルにしようというのは前から考えていました。おかげさまでこれだけシリーズが続いていくと、登場人物の数も増えて、それにつれてどんどん堀田家が直面する出来事もエスカレートしてしまうので、シリーズ中、ああ、ちょっと上がりすぎたなと思ったら、意識的に抑えるようにしてきました。いろんなことをサチさんに長く語らせすぎると、物語がインフレーションを起こしてしまいますからね。
 それと、「東京バンドワゴン」の主人公である勘一(かんいち)ももう九十歳目前で、ちょっと心配な年齢に差しかかっています。

―― でもまだ勘一さんはかくしゃくとして頼もしいし、しっかり堀田家の中心に陣取っていますよ。

 ええ、どこまで頑張れるかわかりませんが、勘一御大の活躍の場を作るためにも、物語をぐっとシンプルにして、また根本から上げていこうという意図はありました。

―― 原点のホームドラマに戻るということですね。

 そうです。もともとホームドラマへのオマージュで、ただただ楽しくにぎやかで、人の情けにほろっとくる。それだけを描いていこうと思って始まった物語ですから。そこは変えない、考えすぎない。楽しく読んで、ああ、終わった、でいいんだと思う。僕が考えるシンプルというのはそういうことですね。

一話目の登場人物は
リアル書店員さん

―― 今作ではけっこう堀田家の環境に変化がありますね。堀田家の裏で増谷家と会沢家の家の新築工事が始まったり、〈かふぇ あさん〉が夜も営業することになったり。それにつれて晩ご飯の様子とか、堀田家内の様子もだいぶ変化しています。

 はい。シンプルにと言いつつ、じつは堀田家の周囲の関係が、がらっと変わっている回ではあるんです。藤島(ふじしま)ハウスのほかに、増谷家と会沢家の新しい家が建つことで、今まで脇役だった彼らがきちんと関わってこなければ、せっかく家を建てた意味がない。そういう新しいメンバーの出入りもあるし、カフェの夜間営業で、原則みんな一緒に食べていた堀田家の晩ご飯が交代制になったりとか、堀田家内の様子もだいぶ変わってきています。そういう新しい動きや関係性に向けて、どう道筋を作っていくか、そのための最初のストーリーというのが今回の物語かなと思うんです。

―― そして本作の最初の事件に登場するのが、堀田家の裏の解体工事の現場に来ていた、(地中の水脈や鉱脈を探し当てる)ダウジングもできるという久田(ひさだ)かおりさん。ものすごい方向音痴という面白いキャラクターです。

 このシリーズのルールとして、毎回一話目に、文庫版の解説をお願いした書店員さんと同名の人物が登場することになっています。だから、その人物を登場させると決まると、この人は一体どういう人にしたらいいんだろうとまず考える。こういう人かなとイメージが固まったときに、一話目の事件も決まる。その前にタイトルも決めてあるので、そのタイトルと事件がうまく結びつくと、ああ、これだと、全体のテーマが決まってくる。
 本当に人ですよね。新しい登場人物がどういう人かさえ決まれば、物語が動いていく。堀田家のみんなはそれぞれがもう既に物語を生きているので、その人が出来上がれば堀田家がどう動くかが自然に決まってくるんですよ。
 文庫版『ラブ・ミー・テンダー』の解説をしてくれた久田かおりさんは名古屋の書店員さんで、ご本人を僕は知っているんですが、彼女は本当に、とんでもない方向音痴なんです(笑)。ただの方向音痴だけでなく、例えば、自宅から車で本屋さんに仕事に行って、その車を置き忘れて帰ってくるとかね。うちに帰ってきたら、あれっ、車がないって、そういうことをやる、とても愉快で面白い人なんです。

―― 考えなくてもそのままのキャラでご登場願えると。

 ええ、久田さんを出すなら、絶対迷子のエピソードを使おうと思っていました。で、迷子になって誰かと出会えたらいいなあと考えて、彼女が子どものときに迷子になって、我南人(がなと)の妻で亡き秋実(あきみ)さんと出会っていたというストーリーが思い浮かんだんです。

―― 毎回、リアル書店員さんと連動して物語が作られていくというのも、このシリーズの楽しみの一つですね。

 次回の書店員さんのゲストは文庫版『ヘイ・ジュード』の解説をしてくれた浦田麻里(うらたまり)さんという方です。この方とはお会いしたことがないので、いろいろ想像力を駆使して面白いキャラクターになればいいなあと思っています。

「ハロー」「グッドバイ」が
言える世界って素晴らしい

―― 今の久田さんと秋実さんとの出会いもそうですが、二話目の、昔、我南人のギターを盗んだ友人の話、そして三話目の古い童話をめぐる話も、人とのつながりや縁を感じさせる話です。今はコロナ禍で人との出会いもままならない世の中なので、こういう世界がいつも以上に沁みる感じがします。

 本当に、「ハロー」や「グッドバイ」が気軽にできない時代になってしまいましたね。その時代に、『ハロー・グッドバイ』を出し、なおかつ「東京バンドワゴン」の世界をずっと続けていく意味は大きいかなと。それは私たちが生きている世界にはこういう世界があった、いや、もちろん今もある、こういう世界がまた絶対来ますよという思いがあるから。それが読んだ人にきちんと伝わってくれればいいなと思う。
「ドキュメント72時間」というNHKの番組があるんですが、僕、これが好きなんですよ。三日間の七十二時間、どこかの場所やお店などに定点カメラを据えて、そこに来る人に軽くインタビューする。ただそれだけの番組なんですが、けっこう好きでずっと見ているんです。コロナ禍で撮影ができなくなったとき、数年前の再放送をやっていたのですが、それを見ると、みんながマスクなしで普通に出会って、普通にしゃべって、またねと別れていく。そんな当たり前の風景が、何て素晴らしい世界なんだろうなと思う。こういう世界は絶対また取り戻さなきゃならない、また戻ってきてほしいと、あの再放送を見るたびに思うんです。
 だから、「東京バンドワゴン」も、そういう世界であり続ける意味は絶対にあるだろうなと思っているんです。

―― 失ってみて初めてどんなに大事だったかがわかる。それはきっと堀田家の物語に通底しているものですね。

 人間は社会的動物で、一人では生きていけないのは本当に当たり前のことなんですよね。人と関わり合って一緒に生きていかなければ、この世界は絶対に成り立たない……。
 今、戦争が起きてしまっていますが、毎日ニュースを見るたびに、いや、これじゃ駄目だよなとつくづく考えます。みんなが一緒に生きることを、別に大げさなこととは考えていませんが、この堀田家の世界を書く以上はこの世界を守り続けていかなければならないだろうと思っています。

退場していく人と
新たに加わる人たちと

―― シリーズ本編は毎回ビートルズの曲がタイトルになっていますが、今作は「ハロー・グッドバイ」ですね。

 そう、この歌詞は意味深いんですよ。相手がどうあれ、すごくポジティブに出会いや人を受け入れていこうという感じ。この曲を使おうと思った瞬間に、そういう世界を描こうと思いました。曲調がすごく明るいし、前から好きな曲でした。
 余談ですが、僕は中学生のときに放送部で、この「ハロー・グッドバイ」をお昼の番組のテーマソングに使っていたんです。
 お昼の十二時になると、この曲がばあんと校内中に流れて、「こんにちは、お昼の校内放送の時間です」と、僕がしゃべっていた(笑)。

―― DJですね。

 僕がDJ、アナウンサーだったので。懐かしいな(笑)。

―― 懐かしいといえば、今回、古いカセットテープが三話目のアイテムとして使われていますね。そこに吹き込まれていた声から、謎だった童話の作者が判明して、いろんな過去の縁が明らかになっていきます。

 今回ストーリーを考える前に、カセットに吹き込んだ声というのがぽんと浮かんできたんです。ああ、そういえば、昔カセットが入った本があったなと。八〇年代の初期の頃かな。カセットにBGMが入っていて、それを流しながら読んでくださいみたいな本が一時期出ていたんです。それをアイテムに使おうと考えたときに、そのカセットにあの人の声が入っていたらいいなと思ったら、即ああいうストーリーを思いついた。カセットに入った懐かしい声に出逢う――それも一つのハロー・グッドバイだなと思って。その象徴として今回の本の装丁にもカセットの絵が描かれているんですよ。

―― そして、四話目には、切ないグッドバイも描かれます。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、けっこう重要な人物が堀田家の物語から退場しますね。

 研人(けんと)や花陽(かよ)など、今回登場してない人物もけっこういるし、これだけ登場人物が増えていくと必然的に退場していく人を作らなきゃいけない。僕としてはその人物を堀田家に迎え入れるという展開も考えたんですが、書きながら本人に聞いてみたら、やっぱりそれはなしだと言われた。作者として僕が無理やり決めたのではなく、あの人ならきっとそうするだろうなと思ったし、物語を生きている登場人物に「私はこうしますよ」と決められた気がしています。でもいったんは退場しますが、堀田家をめぐる物語のキーパーソンなので、節目節目にはまた登場すると思います。
 不思議なもので、僕が決めていることなんですが、いつも登場人物が、ふっと、こうしろ、こうするよと勝手に働きかけてきて、その声に従って書いている感じがする。この先もずっとそうだと思いますね。

―― 堀田家の世界に小路さんが入っていく感じでしょうか。

 そんな感じです。最近どう? って聞きに行く(笑)。一作一作の主人公になる人物も、たぶんその声を聞いて決めているんだと思います。次回作では、今工事中の増谷家と会沢家の家も完成するし、イギリスに行っていたマードックさん、藍子(あいこ)夫婦も帰ってくるので、また違うにぎやかさが戻ってくるでしょうね。

―― 夜間もカフェが開いているとなると、またいろんな事件が起きそうで楽しみですね。

 夜は何かが起きそうな、ね。その意味で、今回はいろいろ次回に向けての伏線を張ったつもりなので、面白い展開を考えたいと思います。九十代を迎える勘一の見せ場も考えなくちゃいけないし、大変です(笑)。

小路幸也
しょうじ・ゆきや●作家。
1961年北海道生まれ。著書に「東京バンドワゴンシリーズ」をはじめ、『空を見上げる古い歌を口ずさむ』(メフィスト賞)『Q.O.L.』『東京公園』『明日は結婚式』『隠れの子 東京バンドワゴン零』『花咲小路二丁目の寫眞館』等多数。

聞き手・構成=宮内千和子/撮影=三山エリ

青春と読書
2022年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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