コロナ禍で出稼ぎできなかった野沢直子は何を書いたか?
[レビュアー] 吉田豪(プロ書評家、プロインタビュアー、ライター)
80年代後半のバラエティ番組をすさまじい勢いで引っ掻き回した後、『夢で逢えたら』出演時にダウンタウンやウッチャンナンチャンと違って自分には何もないことに気付き、番組を途中降板。そして自分探しのため渡米し、結婚&出産。その後は年に1回、日本へ出稼ぎにくるぐらいだった野沢直子が、コロナで日本に来られなかった間に2冊の本を書き上げた。1冊は『老いてきたけど、まぁ~いっか。』という自身の老いをテーマにしたエッセイ。しかし、読んでみると全然「まぁ~いっか」じゃなくて、老いた自分や将来への迷いが全開になっていたので、むしろ老いに真正面から向き合っていたのは、自伝的要素も一切ないこの小説のほうじゃないかと思う。
「ここ数年で私は、転がるように醜くなった。/朝起きて鏡を覗き込み、しばらくの間その自分の醜さ眺めをする。/もっとも瞼がたるみにたるんで眼球に布団でも掛けているようになっているのだから、目はかつての半分の大きさになっていて、自分の醜さを見ようとしてもあまり見えないというのが現状で、その皮肉な感じがおかしくて私は口の片側を上げて、くっと笑う」
書き出しからいきなりしんどいんだが、この主人公はスーパーのレジ打ちが仕事の、さえない中年女性。彼女の職場やプライベートのしんどい描写がとにかくリアルで、そこに同じくさえない人生を送っている弁当屋の中年男が絡んでいく。なんでアメリカ在住で子供も3人いる野沢直子が、日本の片隅で子供もなくひたすら孤独に生活する中年男女のどうにもならない人生をここまで描写できるのかと不思議に思うが(その答えは「ネットでいろいろ検索した!」と本人談)、帯に「『老い』は人生の終わりじゃない。」と書かれている、そのメッセージがエッセイ以上に伝わってくるのである。オチも上手いし、昔出した自伝的小説も面白かったし、文筆業の才能も確実にある!