『「社会正義」はいつも正しい』
- 著者
- ヘレン・プラックローズ [著]/ジェームズ・リンゼイ [著]/山形 浩生 [訳]/森本 正史 [訳]
- 出版社
- 早川書房
- ジャンル
- 社会科学/社会科学総記
- ISBN
- 9784152101877
- 発売日
- 2022/11/16
- 価格
- 3,630円(税込)
書籍情報:openBD
正しさを振りかざす「目覚めた者たち」への回答
[レビュアー] 谷口功一(東京都立大学教授)
本書の英語原題は『シニカルな理論』、副題は「学者兼活動家たちはどうやって何でもかんでも人種とかジェンダー、アイデンティティの話にするのか、それはどうしてみんなに害をなすのか」である。
ここでいうシニカルな理論とは「批判理論(critical theory)」と呼ばれるものだ。それによるなら、世界のすべては〈言説〉によって構築されており、言説の網の目の中に充満する〈権力〉そして差別の構造を察知することこそが重要なのである。
ちなみに、このような権力=差別構造の存在は、ポストコロニアリズム、クィア理論、批判的人種理論、フェミニズム/ジェンダー・スタディーズ、はたまた障害学やファット・スタディーズなどの「適切な批判手法」の訓練を受けた者の目にしか見えないのだ。
ここまで読んで「何を言っているのだ?」と思ったとしたら、それは完全に正しい反応である。
このような理論を振りかざし「社会正義」を追求する者たちは、自分たちだけが絶対的に正しい者、目覚めた者(Woke)であると確信し、そうでない者たちを不当な特権を享受しているとして糾弾するのである。
たとえば、有色人種のレズビアン女性は、人種・セクシュアリティ・ジェンダーの三点で被抑圧性を併せ持っているがために、特権の塊である白人シスヘテロ男性に〈権力〉察知能力において圧倒的に優越する(立場理論)といった具合だ。
著者たちは、このような主張を支える様々な理論を綿密に検討し、読み手は途中から気分が悪くなるほど呆れ果てる(おぞましい)話を読まされることとなる。しかし、最後にそのような現状に対する処方箋が普遍主義に基づいたリベラリズムの再生として描き出されてゆくのは、爽快でさえある。リベラリズムの核心を政教分離モデルに沿って説明するくだりなどは本書の白眉であるとも言えるだろう。
本書で描き出されたようなハッキリとは見えないが世界に充満している〈ミクロな権力〉の探知と攪乱に躍起になってキャンセルカルチャーに興じている同じ瞬間に、ロシアではプーチンが反同性愛法に署名し文字通り剥き出しの権力による弾圧をいっそう強化している。
ミクロな権力がどうしたなどという冷笑的な遊戯に耽るような余裕はもはや無いのだ。ロシアや中国など目にもさやかな本物の邪悪な権力に正対し、それに対抗する勇気を持つこと。本書はその間接的な第一歩を後押ししてくれる一冊かもしれない。