まぶしく尊い「普通」像  その向こう側から始まるもの

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まぶしく尊い「普通」像  その向こう側から始まるもの

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 精神を病み孤立する人たちがいる。かれらに関心をもたない人々は、「突然キレて襲ってきそうだ」といった先入観から、精神疾患の人を自分たちの社会とは相容れない存在であるかのように考えることもある。しかしそれを言うのは、もう少しかれらの置かれた環境や心のうちを知ってからでもいいと思う。この本は、疎外感にさいなまれながらもかろうじて生きる道をさぐっている人たちと、かれらを支援する人たちのかかわりの記録である。場所は大阪・西成。

 精神の不調を本人の弱さのせいだと考え「保護」や「教育」をするのではなく、厳しい状況下で誰にでも起こりうることがたまたまこの人に起きたと考えて「支援」をする。支援者はかれらの出会う困難について話し合いはするが、生きる道は本人が見つけるのだ。

 テレビのドキュメンタリー番組をよく見る人なら、きっと引き込まれる内容だ。家族にも頼れない人たちは、自分の置かれた状況を理不尽だと感じているが、「理不尽」では感情の行き場がないので自分を責める。自分が「普通」ではないから悪いのだという自責の念から、その人が考える「普通」の姿(働いて家族を養うなど)を一日でも早く実現しなければとあせるあまり、よけいに状況を悪化させている人もいる。

 自分は「普通」ではないと思うと、「普通」はまぶしく尊く、手の届かないものに見える。そうなったとき、「悩みも失敗も持病もあるのが普通の人だ」という事実は見えなくなってしまうのだろう。精神疾患のある人が憧れるフィクショナルな「普通」像をくずし、完全無欠な人など存在しないことに気づいてもらうと、そこから温かみのある人間関係が始まる。支援する側もまた、かかわりかたを探りながら試行錯誤し、もがいている。「完全にできる」と「まったくできない」の中間に「少しはできる」を見つけ、希望の芽を育てていく試みである。

新潮社 週刊新潮
2023年3月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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