『コンセプトの教科書』
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よいものを安くつくる時代は終わった。いま求められる「コンセプト=価値の設計図」のつくり方
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
ごく最近まで、日本においてはコンセプトの重要性が本当の意味で理解されていたとは言い難い状況でした。
良いものを安くつくる、というデフレ型の成功体験に縛られ、新しく価値のあるものを構想する仕事を避けてきてしまったのです。
結果的に、日本の強みは「良いものを安く」が通用する部品産業など一部の領域に限られてしまうことになりました。その反省からでしょうか。あらゆる産業で創造的な思考を持つ人材が求められるようになってきています。(「はじめに」より)
『コンセプトの教科書 あたらしい価値のつくりかた』(細田高広 著、ダイヤモンド社)の著者はこう述べ、さらに「『コンセプトメイキングは一部の人の特殊な仕事である』という考え方はもう過去のもの」だとも断言しています。
起業家や開発者、各種クリエイターはもちろんのこと、すべてのビジネスパーソンにとって“妄想を言語化する力”が不可欠になったということ。いわば現代は社会人に創造性が求められる時代であり、だからこそコンセプトはその必修基礎科目であるということです。
ビッグデータ、AI、DX、ブロックチェーン、WEB3.0.、量子コンピューターなどの技術テーマは、次から次へと取り沙汰されては消えていきます。しかし、次にどんなテクノロジーが登場しようとも、ビジネスの本質的課題は変わりません。問われるのは「誰のためになにを創造するか」という1点なのです。(「はじめに」より)
したがって、このような考え方に基づき、本書では“どのように発想し、構想を膨らませ、ことばに落とし込むのか”に関する一連の流れをひとつの体系にまとめているわけです。
しかし、そもそもコンセプトとはなんなのでしょうか? なかなか人には聞きづらいそんな疑問を解消すべく、第1章「コンセプトとはなにか?」に注目してみたいと思います。
なにを書いたらコンセプトなのか
著者によれば、コンセプトの一般的な定義は「全体を貫く新しい観点」。
現代のビジネスにおいて、その成り立ちの中心を捉えられるのは「なんのために存在するのか」を示す言葉です。
電気の時代になぜロウソクが存在するのか。なぜ宇宙を目指すのか。なぜコーヒーを飲むのか。なぜ音楽を聴くのか。なぜその服を着るのか。なぜその本を読むのか。なぜ他人の家に泊まるのか。コンセプトメイキングとは新たな意味を創造することなのです。(30ページより)
かつて、「20代で結婚を考え、自動車を買い、家を買うのが当たり前」という時代がありました。「誰と結婚するか?」「どの自動車を買うか?」「どの家を買うか?」というような“選択肢の悩み”こそあったとはいえ、「そもそもそれが必要なのか」と選ぶこと自体を疑う人は少なかったわけです。
生活者の誰もが“各カテゴリーからひとつを選択する”というルールで競ったとしたら、差別化だけが争点になってしまいます。そのため当時は、他とは異なる特徴的な機能やスペックを端的にまとめたものをコンセプトと呼んでいたのです。
ところが、現代では大きく事情が異なってきています。
たとえば結婚についても、もはや人生の前提条件ではなく、結婚しない幸せがあることも社会的に合意されています。自動車についてもカーシェアリングやタクシー配車アプリなどの代替手段が揃っていますし、家にしても住む場所に縛られない自由な生き方が注目を集めているのはご存知のとおり。
またファッション業界では、着飾ることも他者と差別化する発想も嫌い、普通を好む「ノームコア」というスタイルが先進国を中心に支持されることになりました。一方、アルコール業界でも、あえてお酒を飲まないことを楽しむ「ソバーキュリアス」というライフスタイルも支持を得ています。
こうしたところからもわかるように、いまや旧来の価値観がことごとく通用しなくなってきているのです。
そのような時代において、人が知りたがっているのは「なにを買うか」ではなく、「なぜ買うか」についての答え。したがってビジネスもまた、「それはなにか」(WHAT)ではなく、「なんのために存在するか」(WHY)と、存在の意味を中心に構想されるべきであるということです。(30ページより)
コンセプトの機能と定義
では、新たな意味をとらえたコンセプトは、ビジネスにおいてどのように機能するのか? このことを知るためには、大きく3つの役割を理解しておくべきだと著者は主張しています。
まず1つ目は、関わるすべての人に明確な「判断基準」を与えること。
なにかをつくりあげる作業は、無数の意思決定の連続です。そしてその際、他にはない独自の判断基準となるのがコンセプト。
逆にコンセプトがない場合、意思決定は一般的な合理性やコストのような数値だけに委ねられることになってしまうわけです。
しかしそれでは結果的に、“前例があって安価につくれるもの”ばかりが量産されることになってしまうはず。
2つ目は、つくるもの全体に「一貫性」を与えること。
大きな方向性から細かなディテールの決定に至るまで、コンセプトがなければ整合性をとることは不可能。明確なコンセプトを欠いたブランドや商品、サービスは、どこかでちぐはぐな印象を与えてしまうのです。
そして3つ目は、顧客が支払う「対価の理由」になるということ。
「人々が欲しいのは1/4インチドリルではない。彼らは1/4インチの穴が欲しいのだ」とは、経営学者セオドア・レビットの有名なことば。つまり“モノ自体”ではなく、“ものが存在する意味”を捉えたコンセプトは、顧客がお金を支払う理由にもなるということです。
コンセプトは、価値の設計図。
1. 判断基準になる。
2. 一貫性を与える
3. 対価の理由になる
(32ページより)
意思決定の判断基準になり、全体に一貫性を与え、対価の理由になるーー。それは建築における図面のように、関わるすべての人の拠りどころになるのだと著者は述べています。つまり、つくる人にとってコンセプトとは「価値の設計図」だということになりそうです。(31ページより)
Source: ダイヤモンド社