その半生を辿り、部落差別が冤罪を生んだ構図を浮き彫りに
[レビュアー] 青柳雄介(ノンフィクション・ライター)
袴田巖さん(87)と、本書が扱う「狭山事件」の石川一雄さん(84)は、究極のマイノリティである。無実でありながら凶悪な殺人犯の濡れ衣を着せられ、ともに一度は死刑判決を受け、長く世の中から抹殺されてきた。獄中生活は袴田さんが48年間、石川さんは32年間にもおよぶ。
1963年5月1日、埼玉県狭山市で女子高生が行方不明となり身代金要求の脅迫状が自宅に届いた。身代金を受け取りに来た犯人を、40人態勢の警察は取り逃がす。2日後、女子高生は遺体で発見。大失態を犯した警察は、被差別部落の中に犯人がいるという予断のもとに捜査。部落出身の石川さんを別件逮捕、嘘の自白を強いて凶悪犯にでっち上げた。事件から今年で60年。石川さんの心はいまなお塀の中に閉じ込められたままである。日本近現代史の研究者である著者。本書の表紙袖にはこうある。「被差別部落に生まれた、ただそれだけの理由で石川一雄は殺人犯として逮捕された」。
貧困で無学に苦しんだ生い立ち、獄中生活とその後の長い闘い。石川さんの半生を丹念に辿りながら、部落差別が冤罪を生み出した構図を浮き彫りにしているのが本書である。
〈私にとって生命とは、真実をつらぬくということであります〉との石川さんの一文に、著者は言う。
「一雄は、文字を獲得することによって、『虐殺』に遭った状態から生命を回復し、自らの文章でひたすら真実を訴えるという挙に出たのである」
袴田巖さんとは浅からぬ縁があった。一審で死刑判決を受けた石川さんは巣鴨の東京拘置所に収監、死刑判決に控訴した袴田さんも移送。当時の房は自由に行き来が可能だった。
石川さんは評者にこう語った。
「一審で死刑判決を受けた者同士、冤罪なんだからがんばろうと励まし合ったものです。袴田さんの前向きな姿勢に負けられないと気持ちを強く持ちました」
無期懲役に減刑された石川さんは94年に仮釈放され、確定死刑囚・袴田さんも2014年の再審開始決定で釈放。死刑が目前にあった2人が、娑婆で旧交を温める感動の場面があった。
過去の悲劇に学び、それを繰り返さないことが歴史を学ぶ意義の一つ。だが、冤罪事件は一向になくならない。捜査側の証拠捏造など邪な企図と悪知恵小知恵の限りが見え隠れしている。
石川さんの無実の証拠も本書は詳述している。国家権力に真正面から闘いを挑む石川さんに、一刻も早く光が差すことを待ちたい。