『藤井聡太の名言 勝利を必ずつかむ思考法』
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「そのときに出たものが実力」と考える。藤井聡太竜王・名人が本当に強い理由とは?
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
「天才」ということばは軽々しく使うものではないと思ってはいるものの、史上初の八冠の偉業を達成した藤井聡太竜王・名人に関しては、やはり「天才」というしかないーー。
『藤井聡太の名言 勝利を必ずつかむ思考法』(桑原晃弥 著、ぱる出版)の著者はそう述べています。
将棋の世界には子ども時代から「天才」の名を欲しいままにした棋士は多いものの、それら歴戦の棋士たちと比較しても現在、藤井聡太の強さは抜きん出ているのだと。
ではいったい、なぜ彼はこれほどに強くなることができたのでしょうか? ヒントは、次の文章のなかにありそうです。
藤井聡太は師匠・杉本昌隆八段を初め、たくさんの人たちの支援を受けながら史上最年少でのプロ入りを果たしますが、それまでの道程を振り返って、将棋が好きでたまらなかった自分のことを家族や周りの人たちが認めてくれ、応援してくれたことに感謝し、そうした環境が大きかった、と話しています。(「はじめに」より)
世の中に豊かな才能を持った人は少なくありませんが、そのすべてがいかんなく才能を発揮できるわけではありません。本人の努力はもちろんのこと、周囲の支えもあって初めて才能は花開き、「天才」へと育っていくことができるわけです。
つまり藤井聡太も、周囲の理解があったからこそ苦難を乗り越えてこられたのでしょう。
本書はそんな藤井聡太の「プロ棋士になるまでに何を考えていたのか」「プロ棋士としてどんな思いで勝負に臨んでいるのか」「将棋の未来をどう思い描いているのか」などを本人が発した言葉やエピソードを元にしてまとめたものです。(「はじめに」より)
きょうはそのなかから、ビジネスパーソンの日常にも応用できそうな2つのことばとエピソードを抜き出してみたいと思います。
雲の上だと思っていたら勝てませんから
藤井聡太は中学生棋士として、またデビュー以来の連勝によって注目を集めました。が、その名がさらに知られるようになったのは2017年4月に放送(収録は同年2月)された「Abema TV将棋チャンネル」の対局企画「藤井聡太四段 炎の七番勝負」の最終局で羽生善治と対局し、111手で勝利してから。
藤井にとって、当時の羽生はどんな存在だったのでしょうか?
テレビの取材で、インタビュアーが羽生を「雲の上の存在」と表現したところ、藤井はこう答えます。
「雲の上だと思っていたら勝てませんから、勝負の上では平等です」
さらにこうも話しています。
「レーティングで400点は離れていないと思います」(69〜70ページより)
レーティングとは将棋サイトが出す、強さを表す客観的な指標。藤井は小学校6年生のときに3000点に達しているので、段位や実績に差はあったとしても、数字だけ見ればトップレベルの棋士たちとも「平手で勝負できる」だけの実力は備えていたことになるわけです。
本来、藤井のような新人の棋士にとって羽生は「雲の上の存在」であり、羽生の持つオーラに圧倒されてもおかしくありませんが、藤井は羽生のことを尊敬してはいても、決して恐れてはいませんでした。(70ページより)
結果、藤井は永瀬拓矢六段(当時)に敗れた以外は羽生を含む6人の棋士に勝利し、6勝1敗という期待以上の数字を残すことになります。藤井はその結果を「本当に望外の結果だった」と語り、羽生は「ここからまた、どれぐらい伸びていくか、すごい人が現れたなあ」と強さを讃えたそうです。(68ページより)
そのとき出たものが実力のひとつ
藤井聡太は、「『実力』というのは集合体のようなもので、平均値以上の実力が出ることもあれば、平均値以下の実力しか出ないこともある」と考えているのだと考えているのだそうです。
そして、こうも話しています。
「『自分の力は出し切れた』、あるいは『出し切れなかった』などと言われる方もいますが、そのとき出たものが実力の1つだとも思います。多少変動することがあっても、実力とは、その集合体のようにも思います」(75ページより)
つまり、実力には幅があるということ。上限に近い実力を発揮できるときもあれば、下限に近い実力しか出ないこともあるわけです。それを「実力以上の力が出た」とか、「実力を出し切れなかった」という人もいますが、どちらも含め、そのときに出たものが本当の「実力」だという考え方。
奨励会二段の時、10月から始まる三段リーグへの挑戦を目指していた藤井ですが、直前の敗北により翌年の4月からの挑戦となります。三段リーグの最終日、二局目は勝利していますが、一局目は負けています。「プレッシャーがあったせいでしょうか」と質問された藤井は「いえいえ、自分の実力不足です」と言い切っています。(76ページより)
同じような局面に立たされたとき、「極度の緊張やプレッシャーで実力が出し切れなかった」という人もいるかもしれません。しかし藤井は、「ここで勝たなければ」という結果を意識したことを含め、「それも実力だ」と認めているのです。
勝つことも負けることも、すべてが実力。そう考えるからこそ、実力をさらに高めるべく努力できるということでしょう。(71ページより)
先にも触れたとおり、ここで紹介されている藤井聡太のことばのなかには、棋士だけではなく多くの人にあてはまるものも少なくありません。
生きていくうえでは多くの苦難を乗り越えていく必要がありますが、本書に紹介されていることばを糧にしながら、前向きに毎日を送っていきたいものです。
Source: ぱる出版