<書評>『懐郷』リムイ・アキ 著

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懐郷

『懐郷』

著者
リムイ・アキ [著]/魚住 悦子 [訳]
出版社
田畑書店
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784803804201
発売日
2023/09/16
価格
3,080円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『懐郷』リムイ・アキ 著

[レビュアー] 石原燃(作家)

◆タイヤルの女性であること

 「ガガ」とは、台湾原住民であるタイヤル族の伝統的な掟(おきて)であり、人類が生態系の一部として生きるための大切な思想である。しかしそれを運用してきたのは男性たちであるということを、この作品は内側から明らかにした。

 新竹県(しんちくけん)の尖石郷(せんせきごう)に住むタイヤル女性の懐湘(ホワイシアン)は、両親の離婚によって親戚の家を渡り歩き、継母の厳しい「しつけ」に遭い、15歳で妊娠した。未婚での妊娠はガガを破壊する行為であり、年長者たちは懐湘をそのまま嫁がせることに決める。

 貧困、早婚、家庭内暴力。懐湘の人物造形には、作者が声を聞き集めたたくさんのタイヤル女性たちの人生がちりばめられている。作者はただじっと自分に見えている世界を描写しているのだが、端々に、彼女たちに対する複雑な心情がにじむ。懐湘の勤勉さや優しさ、周囲の人を味方につけ苦境を生き抜く姿からは、女性たちへの敬意や生き延びてほしいという願いを感じる。その一方で、すべての困難を自分の責任だと考える懐湘に対し、「なぜすべてが彼女の責任なのだろうか」と問い、そのことを「真剣に考えたくない」彼女の内面をも指摘する、その筆致からは、わずかな歯がゆさやいらだちも感じるのだ。

 自身もタイヤル女性である作者は、民族への愛着のなかで自問しているのではないだろうか。これを突き詰めればガガを否定しなくてはならなくなる。しかしそうしない限り、自分もまた家父長制的な価値観を補強する役割を果たしてしまうのではないか、と。

 懐湘が最後に手に入れた「家庭」は、彼女が夢見て、ずっと追い求めていたものとは違ったかもしれない。でも、私にはそれはむしろとても自然で、幸せな「家庭」だと思える。懐湘はもう以前とは違う価値観のなかで生きているのだけれど、叔母の心を静めるためだけにガガに従って儀式を行う。それを時代とともに変わりゆく兆しと言っていいかはわからない。その割り切れなさが少数者として生きる彼女たちのリアルなのだと思う。

(魚住悦子訳、田畑書店・3080円)

1962年生まれ。作家。タイヤル語のアニメで声優としても活躍中。

◆もう1冊

『少数者は語る 台湾原住民女性文学の多元的視野』(上)(下)楊翠著、魚住悦子訳(草風館)

中日新聞 東京新聞
2023年11月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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