『歌われなかった海賊へ』
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【聞きたい。】逢坂冬馬さん 『歌われなかった海賊へ』
[文] 海老沢類(産経新聞社)
■独裁下で誇り守る少年少女
第二次大戦下の独ソ戦を描き、累計50万部に達したデビュー小説『同志少女よ、敵を撃て』の刊行は2年前。反響に驚きつつ、「次に世に問うべきは何か、と長く考えていた」という。2作目となる本書は1940年代、独裁者ヒトラーによるナチス体制下のドイツが主な舞台。苛烈な状況下で、独自の反戦活動を繰り広げた若者たちの物語だ。
密告によって父を処刑され居場所を失った16歳の少年ヴェルナーはある日、「エーデルヴァイス海賊団」を名乗る少年少女に出会う。愛国心を煽(あお)り、人々から自由を奪っていくナチス体制に反抗し、全国で自然発生的にできたグループだった。彼らと一緒に反戦ビラを配り、ナチ党の少年団を襲撃するようになったヴェルナーは、市内で進む鉄道工事に不審なものをかぎ取る。やがてレールの先にあるおぞましい現実を目にした彼らは、ある行動を起こす…。
この「海賊団」は実在した。「何かのイデオロギーを代表するわけではない。ただ自由に楽しく生きようとして自作の歌も歌った。つまり根源的なところで独裁体制に反逆していた、ともいえる。ある種の希望だと思うんです」
物語では、弾圧を受けても誇りを守ろうとする少年少女とは対照的に、「悪」から目をそらし「無知という名の安全圏」に留(とど)まろうとする大人たちの姿もつづる。普通の人々が消極的であれ残虐行為に加担する…そんな戦争の実相が浮かぶ。「訓練を受ければ、僕らも戦争に参加して人を撃てるようになってしまうし、残虐行為を『見ていないことにする』精神性にも到達できてしまう。そこに本当の恐ろしさがある」と話す。
「もしもこの物語の中に自分がいたら、どう反応するか? そう考えることで自分が戦争と無縁の存在ではないと感じられる。それが僕が考える戦争小説を書く意義です」
勤務先を辞め、今は創作一本の生活。「小説という形にすることで『自分はこんなことを考えていたんだ』と発見できる。それは一貫して小説を書く喜びですね」(早川書房・2090円)
海老沢類
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【プロフィル】逢坂冬馬
あいさか・とうま 昭和60年、埼玉県生まれ。明治学院大卒。『同志少女よ、敵を撃て』でアガサ・クリスティー賞を受けてデビュー。同作は昨年、本屋大賞を受賞し直木賞候補にも入った。近刊に、姉でロシア文学者の奈倉有里との対談本『文学キョーダイ!!』がある。