『「正義」のバブルと日本経済』
- 著者
- 藤井彰夫 [著]
- 出版社
- 日経BP 日本経済新聞出版
- ジャンル
- 社会科学/経済・財政・統計
- ISBN
- 9784296118731
- 発売日
- 2023/11/13
- 価格
- 1,100円(税込)
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『「正義」のバブルと日本経済』藤井彰夫著
[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大教授)
論理より心情 停滞招く
地価は決して下落することはないという土地神話が、土地バブルを引き起こし、崩壊の果てに日本経済を長期停滞に引きずり込んだことは今や日本人のトラウマとなっている。
日本では、論理ではなくて空気が世の中の大事な物事を決めるとしばしば指摘される。著者は、正義感と日本人的心情に巧みに訴える物語が世論を形成して誤った経済政策に結びつき、日本経済を歪(ゆが)めてきたと主張する。著者はこの物語を「正義」のバブルと命名する。
「地価を下げるべきだ」という世を挙げての大合唱はバブル崩壊の損失を大きくし、「公的資金の投入はけしからん」という世論が不良債権処理を長引かせ、「日本はものづくり国家だ」という神話がデジタル化の立ち遅れをもたらし、「中小企業=弱者」という思い込みが生産性の向上を阻んだと主張する。
さらに「金融政策はあらゆる手段を」という主張が行き過ぎた金融緩和を生み、「拙速な改革を避けよ」という殺し文句が必要な構造改革を遅らせ、「高齢者は弱者」という刷り込みが効率的な高齢化社会の実現を阻み、「堕落した官僚を懲らしめよ」という主張が官僚の質を劣化させたと手厳しい。著者の文章には、日本経済の停滞の原因のほとんどすべてが正義のバブルのせいだと納得させてしまうような迫力がある。
問題を複雑にしているのは、正義のバブルは資産価格バブルと違って、いったん定着すると簡単には崩壊しないことである。論理的な反論をはねのけ、経済政策は迷走を続ける。誤った政策の果てに経済は致命傷を負い、世の中の空気が変わってようやくバブルは崩壊する。
著者は、正義感から怒りに震えるときほど、冷静な分析とバランスの取れた判断で、真の問題が何かを考えることが必要であると説く。大手新聞社の論説委員でもある著者自身が、メディアもまた正義のバブルを煽(あお)ってきたと述べるだけにその主張は重い。新たな切り口の日本人論としての側面をもっており、考えさせられる一冊である。(日経プレミアシリーズ、1100円)