『デウスの城』伊東潤著

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デウスの城

『デウスの城』

著者
伊東 潤 [著]
出版社
実業之日本社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784408538457
発売日
2023/11/16
価格
2,530円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『デウスの城』伊東潤著

[レビュアー] 長田育恵(劇作家・脚本家)

信仰とは 侍3人の「島原」

 幾千もの大義は日に焼かれ色褪(あ)せた。では最後にたった一つ残るものは何か。本書はキリシタン大名の小西行長に仕えていた幼馴染(なじ)み3人が、関ヶ原から流転し、それぞれの運命の果てに島原の刻を迎える軌跡を描く。熱い歴史小説であるが、日本におけるキリスト教受容をアクチュアルに描き切った一書として鮮烈だった。

 行長の小姓だった彦九郎は信仰を離さずイエズス会のイルマンとなり、各地に潜伏するキリシタンの信仰を保ち続ける役目を担う。善大夫は逃亡中に仏門に保護され以心崇伝に仕える。彼は「生き延びよ」という主命に従い、仏徒となり、方便としての棄教をキリシタンへ説いてまわる。左平次は加藤清正の近習となり、のちにキリシタン狩り浪人として名を馳(は)せていく。

 物語は、日本人のキリスト教受容に対する強靱(きょうじん)な熱意、同時に曖昧さをあぶり出していく。武士である彼らには小西行長への忠義と信仰は一体であった。一方で、信仰より主命や恩義に報いることもまた武士の生き様として筋あるものだ。そしてまた農民にとっても「一味同心」が強い拘束力を持っていた時代だ。キリシタン大名下の村々にとって信仰と名分は分かちがたく、人々は何より村八分という制裁を恐れた。

 曖昧だからこそ縋(すが)る。彼らは唯一の光を殉教に求めた。殉教こそハライソに至る道。その道を征(ゆ)くため、外国人宣教師が国外追放となると替わりに信仰の象徴を擁せざるを得なくなる。

 「信仰ごときのことで、人が死ぬのを見たくはない!」、善大夫の叫びが迸(ほとばし)る。そうだ、信仰とは。神とは。果たしてそれは命を守ることより重大なのか。虚像として生きることを承知した少年が死地へ墜(お)ちる姿とともに、主人公3人もまた答えの出ない疑問に押し潰されていく。それでも彼らは血煙の中、瞼(まぶた)をこじ開ける。原城は陥落した。が、彼らに救いはあったのか。本書で描かれる「解」に、精一杯生き抜いた人間だけが辿(たど)り着ける真実の境地を信じられた。(実業之日本社、2530円)

読売新聞
2024年2月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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