日露戦争の勝利に貢献した「マダガスカルの色街」で働く日本人女性…実在の女性を描く『孫文の女』とは

レビュー

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孫文の女

『孫文の女』

著者
西木正明 [著]
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163237305
発売日
2005/02/01
価格
775円(税込)

男顔負けの度胸と機転だ

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「色街」です

 ***

 西木正明の短篇「アイアイの眼」は、アフリカ大陸の東約400キロ、インド洋上に浮かぶ島・マダガスカルが舞台だ。日露戦争下の1904年12月、当時フランス領だったこの島に近い離島に、ロシアのバルチック艦隊が来航する。

 このころ、マダガスカルの色街では日本人の女たちが働いていた。主人公のイトは、16歳で女衒に連れられて故郷の九州・島原からシンガポールに渡り、そこからインドのボンベイを経て、マダガスカルに流れ着いたのだった。

 イトは、この地で料理店と貿易会社を経営する赤坂という男と知りあう。彼は、客としてやってくるロシア海軍の軍人たちから情報を取るようイトに頼む。ロシアの軍艦は何隻か。軍人は何人か。いつマダガスカルを出るのか……。

 頭の回転が速いイトは、客のロシア兵から機密情報を聞き出すことに成功する。

「いや、ほんとうにすごい。男顔負けの度胸と機転だ」とイトの働きに舌を巻く赤坂。日本海海戦の勝利の陰には、遠い異国で身分を隠して情報収集にあたった軍人と、協力した日本人娼婦の働きがあったのである。

 昨年亡くなった西木正明は、綿密な取材と膨大な資料調査をもとに歴史の裏側を小説化する作家だった。赤坂にもイトにも実在のモデルがいるという。

 この作品が収録された『孫文の女』は、東アジアの近代史に深く関わった実在の女性たちを主人公とする短篇集。埋もれていたドラマが鮮やかによみがえる。

新潮社 週刊新潮
2024年2月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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