『オスカー・ワイルドの軌跡』
- 著者
- ジュリエット・ガーディナー [著]/宮崎かすみ [訳]
- 出版社
- マール社
- ジャンル
- 文学/文学総記
- ISBN
- 9784837306962
- 発売日
- 2023/10/31
- 価格
- 3,630円(税込)
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『手紙・絵画・写真でたどる オスカー・ワイルドの軌跡』ジュリエット・ガーディナー著
[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)
奇才の美意識 見て楽しむ
「青春には人生の蕾(つぼみ)を孕(はら)む王国がある」。本書は、ヴィクトリア朝後期に一世風靡(ふうび)したオスカー・ワイルド(1854~1900年)の評伝である。
大英帝国の栄華の残照に輝くこの時代、アイルランド生まれのワイルドは、オックスフォード大学在学中から古典学と文学の才能を発揮し、当時の文芸界の趨勢(すうせい)を担った評論家ジョン・ラスキンや文人ウォルター・ペイターらの著作に強く影響を受け、詩作に耽(ふけ)った。卒業後、ロンドン社交界にデビューし、小説家、劇作家として注目を浴びるが、耽美(たんび)主義を気取った奇想天外で気障(きざ)な言動によって若者らの憧れになる一方、公序良俗に反する異端児として衆目を集めた。
映画化され、邦訳もある『ドリアン・グレイの肖像』が最も知られているだろう。官能的唯美主義を実践する美貌(びぼう)の青年が堕落し破滅する長編だが、むしろ、彼の才能は戯曲に発揮され、風俗喜劇などで人気を博した。またビアズリーが挿絵を付した『サロメ』が、世紀末の「宿命の女(ファム・ファタル)」のイメージを知らしめたことは特筆すべきだろう。19世紀は演劇と文学、美術が共鳴し、総合芸術を開花させた時代だ。ましてや演劇王国イギリス社会に、諧謔(かいぎゃく)と機知に富んだワイルドの才能は強烈なインパクトを与えたのである。
しかし何より、彼の人生を決定づけたのは、クィーンズベリー侯爵の美貌の息子ダグラス卿(愛称ボウジー)との同性愛が一大スキャンダルとなったことだ。裁判によって二年間投獄された挙げ句、失意の内にパリで客死。大英帝国の陰りと毒を身に纏(まと)った背徳と耽美のこの奇才は、「自らの才能を濫費(らんぴ)し」ながら美意識を貫き、裁判でこう語る。「私は誰かのことを崇拝したことなどありません。自分以外は」
本書では裁判の詳細も衝撃的に語られるばかりか、世紀末文芸の立役者がずらりと揃(そろ)い、多くの写真、カリカチュアを含めた版画や絵画によって時代の雰囲気を存分に堪能できる。貴重なヴィジュアル資料でもある。宮崎かすみ訳。(マール社 3630円)