『空と花とメランコリー 榎本マリコ作品集』
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『空と花とメランコリー 榎本マリコ作品集』榎本マリコ著
[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)
証明写真といえば顔写真だ。身体のうちでその人をもっともよく表すのは顔だと思われている。顔の中ではとりわけ目だろう。「目は口ほどにものを言う」。そしてその背後には思考する頭脳。だから、人の中心は頭部にあると考えがちだ。かつて、そんな凝り固まった人間観を覆すかのように、「無頭人」を新たな人間像として掲げた思想家がいた。鮮烈な印象を残す本の装画を次々に手がける榎本マリコの作品を見て思い出した。
榎本の作品では、多くの場合女性と思われる顔の中身が刳(く)り抜かれて、そこにマグリットの絵画のように背景の空が映り込んでいたり、宇宙が広がっていたり、メリメリと音が聞こえそうなほど力強く草木や花々が伸びてきたり、馬や虎などが飛び出てきたりしている。あるいは、目の部分に満開の花が咲いている。自然の生命力に覆い尽くされ、ときに涙を流しながらも、その顔や目は、これまで押しつけられてきた重荷を下ろしているかのようでもある。(芸術新聞社、2970円)