<書評>『働き方全史 「働きすぎる種」ホモ・サピエンスの誕生』ジェイムス・スーズマン 著

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働き方全史

『働き方全史』

著者
ジェイムス・スーズマン [著]/渡会 圭子 [訳]
出版社
東洋経済新報社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784492315552
発売日
2023/12/20
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『働き方全史 「働きすぎる種」ホモ・サピエンスの誕生』ジェイムス・スーズマン 著

[レビュアー] 奥野克巳(立教大教授)

◆「欠乏」 満たすための仕事

 人類は、1万年少し前から始まる5千年間の農耕革命以降、動物や道具・機械などを用いて余剰物を生産するために働くようになった。その頃から、人間の仕事生活を支配する「欠乏の経済学」が駆動し始める。本書は、人類と働くこととの関係を文明史に沿って詳細にたどりながら、物質的な「欠乏」を追いかけて、人々が仕事に勤(いそ)しむようになったことを明らかにする。

 18世紀、イングランド北部で蒸気機関を動力とする紡織機が作られ、技術の発展が都市にやってくる者たちに仕事を与えた。産業革命の時代に、仕事は多くのものを購入する手段でしかないと考えられるようになり、生産と消費のループが完成する。20世紀初頭、テイラーが生産性を上げる科学的管理法を考案、モノが大量に広く庶民にまで行き渡ることになった。第2次世界大戦後に経済学者ガルブレイスは、アメリカ人の基本的な経済ニーズはすでに満たされていると唱えた。その頃、「欠乏」は無くなった。

 本書の著者である人類学者スーズマンは、南部アフリカのカラハリの狩猟採集民ジュホアンのフィールドワークで知られる。著者によれば、狩猟採集は30万年前にホモ・サピエンスが出現して以来、最も長く続いた持続可能な生業経済である。私たちは「欠乏」を満たすために多くを生産しようとする社会に暮らしている、というのが著者が調査研究から導いた考えだ。私たちが直面する経済問題に縛られない狩猟採集民の暮らしは、働き方に重要なヒントを与えてくれる。

20世紀初頭に現れたワーカホリックは、いまや過労死や過労自殺を生んでいる。人類学者グレーバーは、誰かに何かをさせること以外に明白な目的のない、無意味な「ブルシット・ジョブ」が現代世界を覆っていると指摘する。

 東南アジア・ボルネオ島の狩猟採集民プナンを調査研究する評者自身も、著者に深く同意する。「欠乏」に対して多くを望まない狩猟採集民の生き方が、「原始の豊かな社会」をつくり上げているように思えるからである。

(渡会圭子訳、東洋経済新報社・3080円)

1970年生まれ。英在住の人類学者。南部アフリカの政治経済が専門。

◆もう一冊

『「本当の豊かさ」はブッシュマンが知っている』スーズマン著、佐々木知子訳(NHK出版)

中日新聞 東京新聞
2024年2月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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