高齢者が「成熟者」と呼ばれる少し先の未来が舞台の『あきらめる』で解ける呪い

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あきらめる

『あきらめる』

著者
山崎 ナオコーラ [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784093801294
発売日
2024/03/15
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「諦める」のか「明らめる」のか 地続きの未来で、人は生きて、悩む

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 本の帯に「ゆるSF」とある。

 小説の舞台は近未来らしい。火星移住が始まっていたり、分身ロボットが街を歩いていたり、育児支援がいまより手厚かったりするが、基本的には人々の暮らしぶりも悩みも、それほど違っているわけではない。ディストピアでもユートピアでもない、現代社会と少しだけ異なっている、あくまでいまと地続きの未来である。

 おもな登場人物は五人。高齢者(この未来では「成熟者」と呼ばれている)の雄大。五歳の龍。龍をひとりで育てている輝(あきら)。龍の友だちになる同い年のトラノジョウ。病気で身体の自由を失いつつある動画制作者の博士。同じ街で暮らしている彼らと、彼らの周りの人たちの人生が次第に交差する。交差する中でゆるやかに影響を及ぼしあい、火星をめざすようになる。

 タイトルにもなっている「あきらめる」は作中にもたびたび出てきて、その使われ方が面白い。知り会ったばかりの雄大に向かって輝は「私は、自分の人生をあきらめたいんです」と言う。「あきらめたくない」ではなく「あきらめたい」。雄大もその少し前、「あきらめる」について考えていたところだった。

 古語の「あきらむ」はいい意味だったらしいと輝は雄大に教える。漢字で「諦める」と書くか「明らめる」と書くかで意味はおのずと定まるが、登場人物が口にする「あきらめる」はひらがななので、これはどちらの意味だろうと読者は一瞬、とまどうのではないか。

 たぶん、どちらでもある。

 なにかが明らかになって初めて、断念することができる。「いい親になる」や、「親的なものに認められてこそ」といった、自分にかけられた「呪い」のようなもの。本質を知り、断念することでその「呪い」を解くことができる。ひとつの言葉の二つの意味が小説の中で重なり、きれいにつながる。

新潮社 週刊新潮
2024年4月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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