ちょっと不運なほうが生活は楽しい
2022/01/28

アンガールズ田中、ビビる大木の無茶ぶりで職質に 仕事ゼロだった時代の恩人との思い出とは

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お笑い芸人・アンガールズの田中卓志による、ちょっと哀しいのにクスリと笑える日常とは? 文芸誌「小説新潮」の連載で明かされた可笑しみと悲哀がにじむエピソードを公開します。今回のテーマは「先輩と法被」です。

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 芸人になると、先輩との付き合いの中でいろんなことを覚えていく。

 僕が若手の頃、一緒によく遊んでもらっていた先輩は、ビビる大木さん。

 既に大木さんは売れまくっていて、売れっ子の大木さんに、週に3回くらいは美味しいご飯を奢ってもらったり、その後銭湯に連れて行ってもらったり、レンタルビデオ屋さんで映画を借りて一緒に観たり。僕自身は芸人としての仕事はゼロだったけど、テレビに出ている人と一緒に過ごすことで、何だか自分も売れているような気分になっていたと思う。

 そんなに色々お世話になっているのに、僕が大木さんにしてあげられることは何もない。その代わりになっているのかわからないけれど、大木さんが遊びたいと思った時に呼ばれたら、すぐに飛んで行って相手をする!

 若手芸人は自分のスケジュールを先輩に全て渡すことで、先輩との需要と供給のバランスを取るのだ。

 一緒に過ごす中で、テレビの世界のことも教えてもらった。

 当時の僕が一番びっくりしたのは、大木さんがテレビの番組に出るために、ものすごく準備をしていた姿だ。

 それは年末の特番で、タレントさんが記憶力を競い、芸能人百人の血液型、星座、干支を覚え切れるか? という企画。

 大木さんはその企画にチャレンジするタレントの一人として出演することになっていた。

 収録の1週間前から毎日ファミレスに呼び出されて、僕が問題を出して、大木さんが答える。

 それを夜中まで繰り返して、大木さんは眠い目を擦りながら覚えていき、1週間でほぼ完璧に仕上げていた。

 そして本番、大木さんは見事優勝を勝ち取った。

 素人同然だった僕は、タレントさんはいつも楽しそうで、クイズで賞金をもらったり、ワイワイ騒いでいて楽にお金を稼げていいなぁと思っていたけど、1つの番組に出るために、タレントというものがここまで努力することがあるのだと、衝撃を受けた。仕事が大変になっても、この時の大木さんの姿を思い出して頑張れるくらい、今でも印象に残っている。
 
 
 
 そんなストイックな大木さんは会うたびに、「今日は何をしていたの?」とか「なんか最近あった?」と聞いてきた。そこで、僕が最近あった面白い話をすると、大木さんはクスリとも笑わず、「トークが出来ないとだめだぞ!」とダメ出しをしてきた。一緒に遊ぶことがトークのスパーリングになっているみたいなところがあって、プロボクサーを相手にふるう素人同然の僕のパンチは、空を切るばかり。

 それでも僕と遊んでくれるんだから、何とか笑ってもらいたくて、大木さんと会う前に喋ることをノートにまとめたりするんだけど、全くうまくいかない。面白い話もできないので、せめて誘いは断らず、待ち合わせにも1秒たりとも遅れないことが、自分に出来る唯一のことだった。

 芸人1年目。スケジュール帳が大木さんと遊ぶ予定で真っ黒になっていた。
 
 
 
 一緒に遊ぶのは基本的には楽しい時間なんだけど、たまに面倒くさい時もあった。

 ある日、大木さんが「伊豆の踊子」を観たいと言うのでレンタルビデオ屋さんに行くと、歴史がある作品のため、吉永小百合さんや山口百恵さん他、色んな俳優さんの主演でリメイクされており、複数の「伊豆の踊子」がそこに並んでいた。

 大木さんは「どれが一番良いんだろうな……」と悩み始め、僕が「とりあえず一番新しいのを借りて観ますか?」と聞くと、

「いや、とりあえず、これと、これと、これの3本借りて、全部観よう」

 と言い出した。時刻は夜の11時30分。

 冗談かと思ったら、大木さんはギラギラと本気の眼をしていた。
 
 
 
 深夜の1時に1本目の上映開始。

 孤独な生い立ちの学生が伊豆へ旅行に行って、旅芸人一座の踊り子の女の子に恋をする物語だった。

 3時くらいに観終わって、そこから2本目。

 主演や監督が変わっていても、ストーリーが同じなので、はっきり言って何のワクワク感もない。

 でも大木さんは「ここのシーン微妙に違うな……」と、興味津々。

 後輩の僕としては「確かにここ、もっと長い尺でやってましたもんね」と相槌を打ち、さらに、大木さんばかり違いを発見していたら集中していないように見られるので、自分から「ここ全然セリフ違いますね」と言ってみたりして、眠いということを悟られないようにしていた。

 2本目が終わったのは朝5時。

 流石に寝てくれ! という僕の思いも空しく、大木さんは「よし、3本目を観よう」と借りてきた中で一番古い時代の伊豆の踊子をビデオデッキに差し込んだ。

 その作品は昭和の初期に作られ、映像も白黒で、画面に筋が入ってパチパチしていた。この時間からこのクオリティの映像を観るのは疲れるなとため息が出そうになるほどだったのだが、大木さんは「うわ~これは、凄いな~!」とより興味を持って観ていた。

「そうですね!」と返しながらも、学生が出てくるなり、彼の恋路の悲しい結末はもう分かっている。

 僕は始まって20分程で気絶するように寝てしまい、ふと目が覚めたら1時間くらい経っていた。

 一方大木さんはまだ眼をギラギラさせながら、3人目の踊り子を食い入るように観ていた。

 大木さんのほうがテレビの仕事などで疲れているはずなのに、この集中力。

 人間がただビデオを観ている姿なのに狂気を感じた。

 僕は大木さんにスケジュールを渡すことしかできない人間なのに、大木さんを残して寝てしまった。

 でもこの集中力なら僕が寝ていたのを気付かれていないかもしれないと思い、そこから平静を装い観続けたけれど、映画が終わったあと「田中寝てただろ? 何で寝たんだ?」とやっぱりバレていた。

 僕は「すみません、ちょっと寝てしまいました」と素直に謝った。

 以前に大木さんが自分と遊んでいる時に誰かに眠られることをすごく嫌がっていたのを見たので、この場を何とかしようと「これ、3本目もう1回観させてください!」とお願いしたら、「同じものを観るわけないだろ!」と余計怒られた。同じ物語を3回観た人のセリフとは思えなかった。
 
 
 
 それからしばらくして、大木さんから「今日と明日空いてる?」とメールが入った。

 詳しく聞くと、今夜から京都に旅行するんだけど、車で行くから、ドライバーをやって欲しいとのこと。

 僕は、京都に行くなんて小学生の修学旅行以来なので、喜んでオッケーしたものの、出発が深夜0時。またもや睡魔との闘いだった。

 何でいつも大木さんは真夜中に行動するんだろうと思ったけれど、テレビに出ている人は忙しいから、こうやって僅かな隙間を縫って旅をして、自分の引き出しを増やしていくしかないのだと、今ならわかる。

 0時に集合して高速道路で5時間。京都に到着すると流石に大木さんもクタクタで、朝5時に少しでも安いところにと、ラブホテルに泊まった。と言っても寝たのはたったの2時間だけ。

 体はボロボロの状態で旅行再開。

 大木さんは幕末の歴史が好きなので、坂本龍馬ゆかりの地を旅して回った。

 寺田屋や、池田屋の跡地、新選組の近藤勇らのお墓。そんな中で大木さんはあるものを見つけた。

「おい田中、新選組の法被があるぞ、5500円もするのか」と悩み始めた末に、「もしこれを着て京都を歩いてくれるなら、買ってあげる」と言われた。

 女の子が旅行中だけ浴衣を着ているのとは訳が違う。法被の後ろに大きく「誠」と書かれていて、これを着て歩いている外国人の観光客すら見たことがない。

 でも、旅行代を全部出してもらっている僕が出来ることは、この期待に応えることくらいしかないので、僕は考えるのをやめて「欲しいです!!」と叫んだ。

 そこから、僕は頭に鉢巻を巻いて法被を羽織り、新選組の隊士の格好で、京都の街を旅することになる。テレビに出ていた大木さんではなく、全くテレビに出ていない僕を、みんなチラチラと見て、写真をこっそり撮る人もいた。

「新選組っていうのは、幕末の京都において、警察みたいな役割をしていたんだ。田中も京都の街を警備しながら歩け」と大木さんに言われて、「はい!」と勢いよく返事をしたけれど、どう見ても怪しい人物は僕のほうだった。

 大木さんは嵐山の渡月橋に着いたところで、「田中、新選組も渡月橋を渡ったかもしれないから、この橋の向こうから走ってきて、俺の前まできて、新選組だ!! と叫んでみてくれ」と言った。

 若手芸人と言っても、半年前までただの一般人だった僕は、めちゃくちゃ恥ずかしかったけれど、先輩に頼まれては逆らえない。50メートル先まで行って、全力で走ってきて「新選組だ!」と言うと、大木さんは少し笑っていた。僕と一緒にいる時はほとんど笑わないのになと思っていたら、よほど気に入ったのか、頼まれてその後5回くらい同じことを橋の上でやった。

 大木さんは旅行が終わって解散するときにも「この法被を、今度東京で遊ぶ時にも着てきてくれ!」と言った。しかも「遊ぶ時に俺の家の前で着るんじゃなくて、自分の家を出る時から着てきて欲しい」と。
 
 
 
 それから2日後。大木さんから飯を食べようと誘われたので、家の玄関を出てすぐにその法被を羽織り、自転車で大木さんの家に向かった。べつに大木さんが見ているわけではないので、家に着く直前で着れば良いのだが、「誠」を背負ってそんなことはできない。

 自宅を出るのが少し遅れてしまい、三軒茶屋の街をものすごいスピードで自転車をこいでいた。

 法被をなびかせながら角を曲がったら、道端にいた警察官と目があった。まずいと思ったが、もう手遅れ。

 その警察官は僕を見て、確実に怪しい奴と睨んできた。

 東京の街を新選組の法被を着て自転車に乗って全力で走っている奴を、まともな人間だと思ってもらうほうが難しい。

 横をすりぬけると、警察官がちょっと止まって! と言ったが、でも正直ここで止まったら大木さんとの待ち合わせに遅れてしまう。僕は何も悪いことをしていないという自信があったので、僕に言っているのではないと自分に言い聞かせ、そのまま去ろうとしたら、その警察官は慌てたのか、「あっ、ちょ、おい、待て! そこの新選組!!」と叫んだ。

 警察官が「新選組!」と言った衝撃と、名指しの自分への呼びかけに、僕は自転車のブレーキをかけた。

 京都で「新選組というのは、幕末で警察の役割をしていた」と聞いていたのに、現代で、新選組が警察に職務質問されている。何だか情けない気持ちになった。

 結局、大木さんの家には待ち合わせから10分遅れで着いた。怒られるのを覚悟でこの話をしたら、大木さんが今まで聞いたことがないくらい大きな声で笑ってくれた。


日本のハロウィンや刀剣女子という言葉も無かった頃の話です イラスト:田中卓志(アンガールズ)

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田中卓志(たなか・たくし)
1976年広島県出身。広島大学工学部第4類建築学部を卒業後、2000年に山根良顕と「アンガールズ」を結成。ネタ作りを担当している。紅茶、苔、バイオリンなど多趣味でもある。
オフィシャルインスタグラム @ungirls_tanaka

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