第三回 宮部“怪異”作品の原点

宮部みゆきのこの小説がスゴイ!

更新

イラスト 星野ロビン
イラスト 星野ロビン

 先だって、デビュー前の宮部作品が公開され、話題を呼んでいます。
「憑かれた家」と題された、二十三歳の時のホラー短編小説で、今日の宮部さんの怪異を扱った作品を彷彿させる傑作です。
 タイトルに「家」の文字が入っているとおり、怪異の現れる場所は現代の個人住宅です。この家は二階家なのですが、平屋に二階を継ぎ足す建て増しによって今の姿になっている。このやり方は、昔から「お神楽」と呼ばれ、とても不吉なこととされて来たようです。それを迷信と言うべきか否かはともかく、妖しいものがこの家には憑いているらしい…。
 前々回に続いて、家屋敷にまつわる作品をご紹介しようと、初期の宮部作品を物色している最中に伝えられた初公開のニュースであるだけに、妖しの舞台としての建築物が、若い時からすでに宮部さんの重要モチーフだったことを改めて感じました。
 吉川英治文学新人賞の受賞作『本所深川ふしぎ草紙』は、「憑かれた家」から数年の後に書かれた小説です。七編から成る短編の中に、家屋敷のモチーフが用いられているものが一つあります。「足洗い屋敷」がそれです。
 この連作短編集は、ご存じのように本所に伝わる怪異伝説にこと寄せて書かれた七短編から成るのですが、昔から私、不思議に思っていたことがあるんです。元来ユーモラスな言い伝えばかりが揃った「七不思議」なのに、宮部さんの手にかかると、しみじみと味わい深い人情物に様相を変えてしまう。どこにその秘密があるんだろうと。
 さて「足洗い屋敷」の言い伝えとはどんなものかと言いますと、こんな風です。
 真夜中、あるお屋敷の座敷で人が寝ていると、天井を破って大きな汚い足が降りてきて、「洗え、洗え」と命令する。それを綺麗に丁寧に洗ってあげれば福がくるし、いい加減に洗うと良くないことが起こる―。

本所深川ふしぎ草紙

本所深川ふしぎ草紙

  • ネット書店で購入する

 昔は宿屋をはじめ、人の足を洗う仕事を下女がこなしていました。ここに登場する女性は、かつて人の足を次から次に洗ってかつがつに生きてきた。その人物には、今、福が訪れているのかどうか…。
 物語の前半は、多少の異変が交じりつつも、舞台となる料理屋の一家は小さな幸せに包まれているように見えます。ところが中盤からそれは一変。舞台がどう暗転するか、そこからの立ち直りはあるのか。そのあたりは読んでのお楽しみです。ただ心に残るのは、ここに描かれる事件の首謀者がお縄になってからも、利害が対立する主人公との間に気持が通い合っているように読めることです。
 主人公にとってはとんでもない悪人のはずなのに、読後感として悪くない。やはりこれも宮部魔術のせいなのでしょうか。