■3-7 怪談は霊を否定したほうが面白い

幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする

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前回のあらすじ

この店は、幽霊を呼ぶために存在しているのだ。そう考えると、急に背筋がぞくっとした。幽霊を呼ぶためにこの「場」が作られている、という事実の異様さが、俺の社会常識からあまりに外れているのだ。

イラスト/土岐蔦子
イラスト/土岐蔦子

■3-7 怪談は霊を否定したほうが面白い 

 中2の夏の昼休みに、クラスで突発的に「怪談会」が始まったことがある。教室の隅のほうで、俺と、西田にしだを含めて、当時わりと仲のよかった男子6人でだった。
「うちの姉ちゃんの友達が、バレー部の、あれバド部だったっけ? まあどっちでもいいや。合宿で湖沿いの県宿舎に泊まってたんだけどさ」
 ということを、トップバッターの藤田ふじたが話しはじめた。
 その合宿は体育会系特有の過酷なもので、しかも部員数に対して調理室のキャパが小さすぎたため、夜になると腹が減って仕方がなかった。かくして2日目の晩、就寝時間をすぎた後、彼女は友達と3人で、県宿舎を窓から抜け出し、湖沿いを歩いて最寄りのコンビニへ向かったのだった。
 15分ほど夜道を歩き、首尾よくおにぎりと菓子パンを手にし、店を出てきたところで、
「君たち、こんな時間に何してるんだ?」
 と声をかけられた。振り向くと、駐車場にひどく緊張した顔の警官が立っていた。◯◯(俳優の名前。忘れた)に似た顔立ちの、30前後の男性だ。
 聞くところによると、その日の夕方に地元銀行で強盗事件があり、その犯人がいま、このあたりの山小屋に立てこもっている。危ないから県宿舎までパトカーで送ろう、とのことだった。
 といっても県宿舎と山小屋はかなり遠く、実際に危険があるとも思えなかった。夜間の脱走中で気が大きくなっていた彼女たちは、送ってもらえてラッキー、くらいのつもりで助手席と後部座席に乗り込んだ。
 3人を県宿舎の前で下ろすと、パトカーはすぐに山奥へと消えていった。
 生徒の脱走に気づいた顧問はカンカンだった。強盗犯の話をして心配してもらおうとしても、全く信じようとしない。さんざん説教を食らい、それから隠していたおにぎりを口にして、3人は眠りについた。
 ところが翌朝、ネットやテレビや朝刊を見ても、銀行強盗の話題などまったく見当たらない。不思議に思った彼女らは、県警に連絡をしたという。
「え、銀行強盗? 昨日? そういう話は来てませんし、県宿舎のほうに所轄の巡査がパトロールに行った報告もありませんが…」
 そんなはずはない、ちゃんと調べてほしい、という生徒たち。警察が仕方なく山小屋の事件情報を調べたところ、驚くべき事実が判明した。
「40年前にその山小屋で、過激派の立てこもり事件があって、警官がひとり、女子高生をかばって殉職していたんだって…」
 というところで話は終わった。
 俺は話を聞きながら考えた。その規模の事件であれば警官は単独行動をしないはずなので、車を運転していた男は警察のルールを知らない可能性が高い。そして「強盗犯」と「過激派」は別物だから、40年前の事件は関係がなさそうだ。
「つまり、警官の格好した変質者だった、ってこと?」
 と俺がとっさに言うと、
「マジかよ、めっちゃ怖えな!」
 と西田が叫んで、みんなドッと笑い出した。
 普通に考えて「殉職した警官の霊」よりも「警官のフリをした変質者」のほうが怖いだろうと思ったのだが、他のやつらも「怖い」と言った上で笑っていた。俺もなんだか面白い気がして笑い出した。学校の昼休みで、怖い雰囲気になりようがない、というせいもあったが。
 次とその次の怪談も、ひととおりの話が終わったあとで、
「要するに、自殺オフ会の日付間違えて、前日にひとりで死んだってことだろ」
「家の鍵締め忘れただけじゃね?」
 と俺がまとめると、それも結構笑いがとれた。そういうのを繰り返したことで、
「怪談は、霊を否定したほうが面白い、、、
 ということを理解した。