「この小説には魔物が住んでいる」月9主演、小説好き女優・中谷美紀が震撼した傑作ミステリ

そして、僕たちは舞台に立っている。

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 現在フジテレビ系月曜21時連続ドラマ「ONE DAY~聖夜のから騒ぎ~」にトリプル主演中の中谷美紀さん。
 1993年に女優としてデビューし、『リング』の高野舞役で注目され、ドラマ『ケイゾク』で初主演を皮切りに、主人公の川尻松子を演じた『嫌われ松子の一生』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞となり、高い演技力と佇まいの美しさで確かな地位を築いてきました。
 また、『電車男』『自虐の詩』など注目作に出演する一方、文芸誌でエッセイも連載するなど多彩な一面をみせる中谷さんが、唯一無二の存在感を放ち、第一線で活躍し続けられる理由はなんでしょうか?
 現在のプロ意識に影響を与えた“尊敬する作家”と“忘れられない出演作”について、過去に中谷さん本人が語ったインタビューを紹介します。

※本記事は2016年にドラマ版「模倣犯」に主演された際のインタビューを再編集したものです。

未来を見越した筆

 初めて『模倣犯』を手に取って数ページ読み進めたとき、「この小説には魔物が住んでいる」と衝撃を受けました。冒頭から、目で追うのも辛いリアルな情景がつづられていて、そこにあるのはとにかく強烈な「痛み」。読めば読むほど苦しみは増していくのに、嫌だ嫌だと思いながらもついぺージをめくってしまう、どんどんその世界にのめり込んでしまう。まるで目に見えない力に動かされている感覚で、とにかく驚きました。
 そして思うのは、宮部先生の筆は未来を見越していらっしゃいますよね。時代を反映しながらも、常に一歩前にいらっしゃるというか…。
『模倣犯』は1995年に週刊誌での連載が始まり、同じ年の3月に地下鉄サリン事件が、2年後の1997年に神戸連続児童殺傷事件が起きています。そういう現実とピースの行動は確かに、とても深いところで繋がっていると言えるかもしれません。
 でも一方で、宮部先生の作品では犯人が単なるヒールとして書かれているのではなく、殺人を犯すに至るまでの過程や事件の背景が如実にょじつに、克明こくめいに描かれています。ピースは「理由のない悪意」を主張していますが、小説の精緻せいちな描写に想像力をかきたてられ、その理由に想いを馳せることはできました。同じように滋子しげこという役も、小説の一つ一つの言葉から想像を膨らませて人物を作り上げていくことができたんです。

罪悪感にさいなまれる人物を演じる時に意識したこと

 本作には「もう消えてしまいたい」というセリフがありますが、ドラマ「模倣犯」で滋子は、自分自身の発言がある人の死を招き、そのことで大変な苦しみを抱えます。
 当事者以外の人間というのは、私含めとても無責任なもので、もしそれが誰かのプライバシーを侵害することになっても、事件が起こればその顚末てんまつを知りたいと思ってしまうし、人間の恥部ちぶや暗部が現れてくる様子を嬉々として見たり、読んだりしますよね。滋子も始めのうちはそういった姿勢で事件に関わり、不用意な行動で一つの命が失われるきっかけを生んでしまいます。そしてその罪悪感から次第に取材にのめり込み、自分自身をも見失ってしまう。
 岩でガラスを割って、不法侵入しようとしますよね。ジャーナリストたるものそのようにアグレッシブであるべきだとも思いますが、冷静でいられなくなっている様子は果たしてプロだと言えるのか。きっと半分は素人なんですよね。プロでもなく、素人でもない、そういった存在をいかに演じるのかということを、すごく意識しました。

同じ働く女性として理解できた面と、私自身には難しい選択

 書くことを生業なりわいにされている方って意外と多いですよね。出版社に入ったり一流のライターになられる方もいれば、滋子のように小さなコラムを書いて生計を立てている方も実はたくさんいらっしゃる。皆が皆、第一線での活躍はできないけれど、それでも精一杯書くことで生きている。まずその姿に魅力を感じました。
 とはいえ、果たして自分が滋子のようなライターになりたいかといえば、どうでしょう…。正直に言って私には、あのような凄惨せいさんな事件に自ら突っ込んでいく勇気はありません。
 ただ、彼女の仕事への情熱はすごく理解できます。働く女性はそれぞれに、私生活と仕事の両立に悩んでいますよね。彼女のように、視聴者の皆様である働く女性たちに近い人物を演じることには、非常にやりがいを感じました。現場ではとにかく普通に、いかに視聴者の方たちの目線で演じるのかということを常に心がけていました。
 何より、宮部先生の作品のような素晴らしい原作のドラマに出演する際には、小説ファンの皆様にいかに納得して頂けるのかということが、やはり一番難しいです。また、原作者の方々がどうご覧になるかということも大きなハードルになりますね。