いつまで

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 火幻は妖だ。死にはしないと笑われても、驚かなかったのに。
「おれはいつの間にか、仲間になってたのかな。うん、少なくともおれは、心配してもらってるぞ」
 火幻は西国にずっとおり、江戸へ流れて来た訳は何だったのか、何故だか思い出せない。そして江戸に来ると、長崎屋に妖が集っていたので、そこに引き寄せられた。人の間に交じって暮らす事になったのは、たまたまのことだ。
「薬の事を承知してたんで、医者を名乗った事が良かったのかね」
 火幻は、おしろが見たら怒りそうなほど、強くごしごしと畳を拭き、何度か頷く。
「おれはこの江戸に、落ち着きそうだ。そんな気がするよ」
 西では、風に吹かれているような毎日が、ただ続いていたと思う。なのになぜ、江戸へ着いて間も無い今、ここが居場所だと思うのか。火幻は一寸、首を傾げた。
 己も、長崎屋の皆も妖だ。そして西国でも、周りに妖者は多くいたと思う。ただ。
「そうだね、西に若だんなは、いなかったな。ここには長崎屋があるからかね」
 とにかく、自分はもう、長崎屋の縁者なのだ。江戸者なのだ。だから今夜もまた、夢内でせっせと場久を探しに行かなくてはと、火幻はつぶやく。場久は大事な、新しい仲間であった。
「二階も拭いてから、早めに往診に行こう。そして、金次さんの好きな羊羹を買って、一軒家へ帰るんだ」
 夕餉時に一軒家の二人と、場久の探し方など、もう一度話をしなくてはならない。火幻は深く頷き、二階へ続く急な階段へ目を向けた。
 すると、その時だ。
「あ、れ?」
 畳の上で足を止め、そのまま動けなくなった。階段しか見ていないのに、火幻は強いまなしを、総身そうしんに感じた。
「二階に、誰かいる」
 雑巾を持って、せっせと掃除をしている火幻を、上から見下ろしていたのだ。何やら恐ろしい気配が、人では無い事をげていた。
「誰だ?」
 この二階屋に、妖が入り込む事など、珍しくはない。なのに火幻は、気配を感じた途端、自分でも驚く程、緊張してきた。