いつまで

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「おい、返事くらいしろよ。この家は、おれが借りてるんだぞ」
 とにかく二階に言葉を向けた。すると答えの代わりに、相手は影内に隠れもせず、あっさり姿を現してきたのだ。
「おや」
 降りてきた者は、既に以前から二階屋へ入りこんでいた、顔見知りであった。
「〝以津真天いつまで〟か。お前さん、この屋に残ってたのか」
 不思議なほど他の妖達が姿を消した二階屋に、一人でいた妖を見て、火幻は眉根まゆねを寄せる。
 ただ、一人と言っても、化ける事が出来ないのか、以津真天は人の姿になっていない。顔は人のものだが、くちばしを生やしており、蛇の胴体からは羽根が生え、飛んで畳の間へ降りてきた。
「影内にも入らず、日中からその姿で現れるのか。度胸がいいな。大丈夫なのか」
 明るい部屋の内では、奇怪な姿がまる見えで、医者の家を誰かが突然訪ねてきたら、騒ぎになるだろう。火幻が戸惑っていると、何故だか以津真天は、くちばしが裂けると思うほど、大きく笑った。
「ははは。ぜんぼうよ、お前さん、相変わらずだな。江戸では火幻と名を変えても、西国にいた時と同じだ。正しいが腹の立つ事を言って、他の妖達を、嫌ぁな気持ちにさせる奴だ」
「は、はあ? どういう事だ?」
 火幻は思わず、声をあげてしまった。
 以津真天は、西の妖達に名を知られた者であった。鎌倉幕府が倒された翌年、都でられた以津真天がいたと、火幻は耳にしていた。
 ただ江戸とは縁の薄い妖で、長崎屋でその名を口にしても、妖達はどんな者なのか、仁吉に教えて貰わねばならなかった。火前坊と呼ばれていた火幻の事など、江戸では知られていないのと同じだ。
 火幻は、恐ろしき姿の妖へ声を掛けた。
「以津真天よぉ、この火幻が、好きじゃないようだね」
 だが、それなら何故、火幻がいる長崎屋の持ち家へ、顔を出したのだろうか。
「そもそもどうして、江戸へ来たんだ? たまたま同じ頃、東へ来て、おれの家に入り込んだと言われても、納得出来ないね」
 妖は、長く長く生き続ける者であった。そして、多くは同じ地で暮らし続ける。火幻のように、居場所を移る妖の方が珍しいのだ。
 なのに今回、火幻が借りた二階屋へ、西国から妖達が集まってきた。
「何か、みょうだよね」