いつまで

いつまで

  • ネット書店で購入する

「二階屋で火幻と会ったとき、あいつに知らせてやったのさ。獏が災難に遭ったのは、火幻が長崎屋に来たからだと」
 気の毒に獏は、火幻と知り会った為に、以津真天に目を付けられた。そして今、己の悪夢の中で縛り上げられていると、詳しい事を伝えたと言うのだ。
…火幻先生は、無事なの?」
「若だんな、あいつはこの以津真天に、二階屋で、喧嘩けんかをふっかけてきたよ。戦って、勝って、場久を解き放つ気だったようだ」
 昼間の二階屋で、妖同士が真剣に戦った。だから、とんでもない音が辺りに響き渡り、家の周りで皆が騒ぎ出したのだ。
「そのまま、人が二階屋へ踏み込んで来りゃ、面白かったのに。私の姿を見れば、別の騒動も起きただろうからね」
 ところが、そうはいかなかった。
「魂消たね。突然、二階屋の床が影に化けたと思ったら、火幻がそこへ落ちた。そうしたらあいつ、私の尾を掴んで、己と一緒に、人の世から切り離したんだ」
 影に落ちる時、狭まっていく昼間の光の中に、以津真天達を見下ろしている、妖達の姿を見た。口をゆがめていた奉公人が、実は貧乏神なのを知って、以津真天は魂消た。
「訳が分からなかったぞ。火幻の家の持ち主は、近くにある大店おおだなだと聞いてた。なのに繁盛している店が、貧乏神と繋がってたんだ」
 何と貧乏神と、東の妖達と、大店が、寄ってたかって西の妖を退けたのだ。西の妖は、東の理をおかし困らせた途端、影の中に放り込まれてしまった。
「何だってんだっ。人の姿になれない者は、このお江戸の昼には居られないらしい。火幻は上手くやったのに、私は、はじき出されたっ!」
「あ、あのっ」
 以津真天の声に、正真正銘の嘆きを感じ、若だんなは震えた。今までにも、何度もそんな、妖の声を聞いた。そして何とかなった者と、どうにもならず、去って行った者がいたのだ。
 するとここで、以津真天が小さく笑った。にたりと、恐い笑みを浮かべたのだろうと、得心した。
「だからさ、共に影に落ちた時、私は火幻へ言ったんだ。今ならこの影と、悪夢を繋いでやる。場久を助けに行けよって」
 火幻のせいで、とんでもない目に遭っている妖を見捨てたら、長崎屋の妖達は火幻を許さないだろう。昨日今日、現れた西の妖より、長い付き合いの場久を、大事にする筈だからだ。
 からからと、以津真天が笑う。
「あいつ、本当に悪夢へ入って行った。護符で縛り上げられてる、場久を助ける気なんだ。笑えるね、あの火前坊は、大して強い妖じゃないのに、さ。どうやって助けるんだろ」
 だから火幻も場久も、長崎屋へ帰らないのだと、以津真天は笑っている。若だんなはここで、必死に布団から身を起こした。そして、問う。