【試し読み】『最果ての泥徒』⑤

『最果ての泥徒』刊行記念特集

更新

2019年に日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、作家デビューした高丘哲次さん。デビュー作の刊行から約3年半。膨大な数の文献収集にはじまり、幾度となく改稿を重ねた最新作『最果ての泥徒ゴーレム』は、壮大な世界観や史実を描くうえでのディティール、白熱のアクションなど、前作を更にスケールアップさせた入魂の1作が刊行されました。本書の冒頭部分を期間限定で毎日試し読み公開。

*****

最果ての泥徒

最果ての泥徒

  • ネット書店で購入する

「分からぬ」とブラウは即答した。「この四種類は、どのような機能を司っているかすら解き明かされていない」
「そうなのですか…」
「残念がる必要はない。全ての数枝をあらわし、主による原人間の創造を再現しようとすることの方が傲慢なのだ」
 ブラウは確信を持った様子で続ける。
「泥徒という言葉は『胎児』を語源としており、人間未満の存在であることを意味する。泥徒というのは、人に比べて欠けたところがあって当然であり、むしろそうでなければならない」
「よろしいですか?」
 横から口を挟んだのはマヤだった。
 許可を待つことなく、椅子を鳴らして立ち上がる。
「わたしは、それと正反対の教えを受けたことがあります。尖筆師とは、原初の創造をこの手で凌駕しようという無謀な目標を生涯追い続ける者のことだと。もしその定義が正しいのなら、先生は尖筆師ですらないということになりますね」
 思わず挑発的な物言いとなってしまったのは、父の教えを否定されたように感じたからだろう。
「たしか、カロニムス君といったな」
 ブラウは口元を歪めた。
「泥徒の創造は、昨日今日始まったわけではない。数多あまたの尖筆師が知恵を積み重ねてきた結果として、泥徒に宿すことができる数枝は六種類に留まっているわけだが」
「同じ場所を堂々巡りしているわけではありません。その歴史の中で、泥徒という存在は少しずつ拡張されてきました。いずれ原初の創造に辿り着くはずです」
 すると、ブラウは髭の中に指を差し入れ、「では、質問を変えることにしよう」と教室の後ろに控えているスタルィに目を遣った。
「その泥徒には、いったい幾つの数枝が宿されている?」
 マヤは言葉を詰まらせた。
「君の年齢で泥徒を創ったことは、確かに誇るべきことであろう。自慢げに連れ回したくなる気持ちも理解できないわけではない」
「自慢するつもりはありません」
 それを取り合うことなく、ブラウは小さく首を振った。
「ただ、その出来栄えを見るなら、安価な汎用泥徒にも及ばないというのが実際のところだ。おそらくうらに宿されている数枝は、三種類、ないしは四種類であろう。原初の創造を再現する、などという夢物語を口にする前に、基礎的な秘律文の綴り方から学び直すべきではないかね?」
「確かに、先生の前で『原初の創造を凌駕する』などと言ったのは間違いでしたね」
 マヤはにこりと微笑む。