【試し読み】日本ファンタジーノベル大賞受賞&デビュー作『約束の果て』⑤
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最新作『最果ての泥徒』が話題の高丘哲次さん。2019年に「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞したデビュー作『約束の果て 黒と紫の国』の冒頭部分を期間限定で毎日試し読み公開。選考委員の恩田陸さん、森見登美彦さん、萩尾望都さんに絶賛された、史伝に存在しない二つの国を巡る、空前絶後のボーイ・ミーツ・ガールを堪能ください。
旅が続くにつれ、辺りの風景は異なった姿を披露してゆく。足を捉えていた柔らかな砂地は土へと変わり、短く茂る茅で覆われるようになった。さらに進めば、季節が移り変わってゆくように茅から緑が失われ、だが枯れることなく黄金に靡いた。
螞九が足を踏み入れたのは、伍州の中心にある黄原という平野だった。
大地が始まった場所とされるこの特別な領域を、先頭をゆく珀嫗でさえ厳粛な面持ちとなり言葉少なに歩いた。黄原の遠くには、他にも茅を搔き分ける一行が望めた。彼らが向かう先には、多くの人影が行き交っている。
「いやいや、今回はずいぶん遠く感じたな」
珀嫗は疲れたように腰をさすった。
螞九はその言葉で、宴礼射儀なるものが行なわれる場所に辿り着いたことを知った。
黄金の茅原には、幾つもの天幕が張られていた。同じ形のものはなく、小山のごとき巨大な天幕もあれば、長細い形のものも見受けられた。そのうちのひとつの前を通り過ぎようとして、螞九はびくりと身体をこわばらせた。
天幕の入口の布をたくしあげ、内側から現れた者は――異相である。その体表はびっしりと黒い鱗に覆われ、背中からは鋭い棘のようなものが突き出ていた。
余人と異なる外貌を持つのは彼だけでない。辺りを見回せば、蛇のような長細い体軀を持った者がするすると茅のあいだに消えていった。風切り音に天を仰げば、大きな翼をはためかせ頭上を越えゆく者があった。
黄原に集っていたのは、識人と呼ばれる者たちである。
伍州の全てを支配する地神は、自らの権能を分け与えて識神を作り上げた。かしこき地神は彼らを使役するだけでなく、報いることも忘れなかった。年に一度、彼らをねぎらう宴を開くことにしたのである。
それが宴礼射儀であった。
時代はくだり、地神は伍州へと姿を顕すことはなくなった。識神たちも転生して識人と呼ばれるようになったが、今に到るまでその風習は受け継がれている。
黄原を所在なく歩いていた珀嫗は、ようやく落ち着く場所を見つけた。
「ここにしよう」
その言葉とともに、螞九たちは茅のなかへと崩れ落ちた。重い荷物を延々と背負わされた疲れが出たのであろう。腰を下ろすと、短い茅の穂先が螞九の鼻をくすぐった。他の識人に比べれば、彼ら一族の体軀はずっと小さかった。
螞九が辺りを窺うと、漫然と集まっているように見えた識人たちは大きな輪を成していた。
「なぜだろう」
螞九が呟いた声に応えるように、中央のぽっかりと開けた場所をひとり進む者が現れた。口には猛禽の如き喙を持ち、背から大きな翼を生やしている。黄金に輝く双眸には、それぞれ二つずつ瞳が備えられていた。
その姿を捉えた珀嫗は、螞九たちに小声で説いた。
「あれなる御方は、地神代の摯鏡さまだ」
摯鏡が歩を進めるに従い、割れんばかりの歓声が沸き起こってゆく。円形に刈り取られた茅原の中央まで来た摯鏡が何をするでもなくその場にすっくと立つと、その威に圧されたように自然と声が鎮まっていった。しんとなった黄原に、摯鏡は朗々とした声を響かせる。
「地天四方の識人の氏族たちよ、遠路遥々ご苦労であった。地神曰く、諸氏の敬譲を以て相接れば、伍州全て安んじられる。大射を以て相競えば、伍州益々盛んになる」
摯鏡は四つの瞳で周囲を睨めつけ、
「予は敬みて地神の祐いを拝し、宴礼射儀の開催を宣言する」と、天に向かって喙を大きく開き、轟と火炎を吐いて見せたのである。