かくして始まった宴礼は、識人たちが友誼を交わして不要ないさかいを避けるために行われるものである。要は、酒をみ交わすだけのこと。
 珀嫗は、禺奇から仕入れた酒を両手に抱えると、
「では、あまりうろつくでないぞ」
 そう言い残すなり、そそくさと識人の輪のなかに消えてゆく。
 老女の子らは、あくまで荷運びとして連れて来られたのであった。だが、螞九は酒食にあずかることができぬことを気にも留めなかった。黄原を行き来する識人たちの姿は、壙の中にいては知ることのない新しい世界そのものに映った。
 他の子らが暇を持て余しかけた頃、ようやく顔を真っ赤に染めて珀嫗が戻ってきた。
「どうだお前たち、ただ座っているだけでは退屈であろう?」
 吐く息には、酒のにおいが強く混じっている。
 老女の子らは、戸惑ったように目をらした。螞九だけが、ぐに見つめ返した。
 珀嫗は口のを上げる。
「螞九よ、あれを見よ」
 老婆が促した先は黄原の中心である。そこには摯鏡の眷属けんぞくであろうか、有翼の識人たちが集まっていた。地面に竿さおのようなものが立てられている。先端に取り付けられた四角い板の中央には、黒い円が描かれていた。
 螞九が目を細めながら見つめていると、
「板に描かれた円をまとと呼ぶ。あそこをねらうのだぞ」
 珀嫗はその背中を強く押した。
 螞九は黄原の中央へと向かって、ふらふら進み出てしまう。突然のことに彼は思わず珀嫗を振り返る。老婆は早く向こうへ行けと言わんばかりに、鵠のある方へあごをしゃくるばかりだった。
 螞九は不安げに視線を漂わせながら、識人たちの輪のなかを進む。周囲から、鵠へと進み出てくる者たちが続いていた。見るにたくましい偉丈夫ばかりだが、螞九との違いは体格だけではなかった。
 彼らは皆、その手に弓を携えていたのである。
宴礼射儀とはその名が示すとおり、宴礼の後に射儀が催される。螞九が向かっているのは、弓射の術を競うための場所だった。
 この時代、弓射の術に優れていることは、たんに技倆ぎりょうを有する以上の意味合いがある。鵠の正中を得るためには、仁を実行する道を識らねばならず、不肖の者はそれをたがえる。最もく弓を操る者は、最も識人を統べるに相応しい者とされた。
 つまり射儀とは、むこう一年間にわたって識人たちを統べる地神代を決める場なのであった。
 それに挑もうとする識人たちは、いずれも各部族から選りすぐられた弓の達人ばかり。射儀について何ら知るところのない螞九でも、いかに自分が場違いであるか嫌でも気付かされた。全身をこぶのような筋肉に覆われた識人が、丸太のような剛弓をしごいている。指先が地を擦るほどに前腕が伸びた識人は、背丈よりも長い弓を携えている。そして、識人たちの中には摯鏡の姿もあった。
 重瞳ちょうどうを預かる彼の異相は、王者の相と呼ばれている。瞳の数が多く備わることは、それだけ広い領土を見分するためだとされていた。
 やにわに金属音が響いた。
 (つづく)