夏休みを利用して、家族旅行に行った。たしか誠実が十六歳、希望が十歳だった。高校生にとっては家族旅行などほとんど罰ゲームに近い。
 それでも仲の良い家族だったら、すこしは違っていただろうか。やってらんねえよとふてくされつつも、それなりに楽しむことができたのだろうか。
 天草あまくさの真珠養殖場を見に行った。銀行に勤めていた父の古い友人がそこで働いていたのだ。母にはいつも怒鳴るように話しかけ、息子ふたりとは目を合わせない父は、他人に対してはすこぶる愛想が良かった。
 父の友人が売店で母に真珠のネックレスを勧めていたことを覚えている。大粒の真珠は年齢を重ねた女性にこそ似合うのだから、今後のために今買っておくべきだと力説していたことも。
 まあ、と真珠を手に取った母に、父が「豚に真珠だな」と言い放った。手にしていたネックレスをそっと元の位置に戻す母は微笑ほほえんでいたが、手が震えていた。
 誠実が結婚する時、披露宴で流すスライドショーに使うので子どもの頃の写真をくれと言われて、あの家族写真を渡した。ぎこちないながらも全員笑顔を浮かべ、いかにも仲の良い家族のように見えるから。
 冷蔵庫に数歩近づいてぎょっとする。違う。誠実のアルバムに貼ってあるものと同じ構図、同じポーズでありながら同じ写真ではなかった。
 撮影したのはくだんの父の友人だった。カメラが趣味だと言っていた。一枚写真を撮ってから「もういいよ」と声をかけた直後にシャッターを切ると、リラックスした表情が撮れるんだよ、と教えてくれた。
 これはきっと「もういいよ」の後に撮られたものだ。半目になって口もとがわずかに開いた母はひどく愚鈍ぐどんそうに見えるし、うつむき加減の父は小心で神経質そうだ。誠実はつくり笑いの名残を頬にはりつけているところが猿のようでみにくい。それに、希望は。
 希望は。写真に手を伸ばしかけて、あわててひっこめる。触れることすらためらわれた。
 どんな表情と言いようがない顔を、写真の中の弟はしていた。記憶の中にある弟の顔、どれとも違う。知らない子どものようだ。
 希望。めったに呼んだことのない弟の名を口にしたら静かな部屋に大きく響いて、急に心もとない気分にさせられる。
 お前、今、どこにいるんだ。