『鹿鳴館のドラクラ』
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ドラキュラと明治美女の禁断の恋の果て
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
『松林図屏風』で第二回日経小説大賞を受賞した萩耿介が、まさかこれほど魅惑的な怪奇ロマンスを書くとは――。
これは嬉しい驚きだった。
『鹿鳴館のドラクラ』
この題名からして、読者諸氏は、鹿鳴館に現われる紳士の正体が何者かは、既に察しがつくであろう。
実は私はかなりの怪奇マニアで、随分以前から、ドラキュラが明治の日本に現われる話を書いてくれないかと思っており、これをいちばんにものしてくれたのは、菊地秀行『明治ドラキュラ伝』だった。
これだけでも充分嬉しかったのだが、本作は、ドラキュラのモデルとなったワラキア公ヴラドが、明治十七年の日本に現われるという趣向である。
物語は、寧子(やすこ)・時子の美人姉妹が三遊亭円朝の「怪談牡丹灯籠」を聞きに行った折りに遭遇するさまざまな怪異――寄席を飛び回る黒鳥や、霧の中から現われ、姉妹を誘(いざな)う馬車――によって幕があく。
翌日、姉妹は、父から鹿鳴館の踊り手が少ないから、ぜひ来てくれとの手紙を受けとり、やむなく赴くが、そこで出会ったのが、馬車に乗っていた異国の紳士である。
ところがこの紳士、何やら超自然的な力を持ち、だがその一方で、自分の記憶を喪っており、しかしながら寧子に、何百年も前の恋人の面影を見出す。
作品は、明治十七年の東京と、一四五九~一四七六年の中世欧州が交互に描かれ、「ヴラド。またの名をドラクラ」の喪われた記憶を補っていくことになる。
そして、はじめはヴラドを警戒していた寧子も次第にその暗黒の魅力に惹かれてゆくことに――。
「ヴラドさま。あの抱擁は奇跡でした」
という言葉に示される、不貞というには余りにもささやかな歓喜とおののき。
作者の筆致はどこまでも細やかに輪廻転生の恋を謳い上げていく。
そして次第に明らかになる、串刺し公ヴラドの生涯。さらには明治の東京で起こる墓荒らしや、三百年のときを結ぶ絵画の謎等々。
作者の筆は、読者の興味をぐいぐいと掴んで離さない。そして、暗黒の紳士の歩む明治の闇はどこまでも深い。果たしてこの禁断の恋は成就するのだろうか。それはぜひ読者諸氏で確かめられたし。
萩耿介の一皮むけた至高の怪奇ロマンスは、極上の仕上がりだ。
萩耿介(はぎ・こうすけ)
1962年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。2008年、『松林図屏風』で日経小説大賞を受賞。著書に『炎帝花山』『極悪 五右衛門伝』など。