大根仁「あの時代につかこうへいに接していたら絶対に逃れられなかっただろう」TVBros.連載[中春スケッチブック~あるいはポップカルチャーレコメンドダイアリー~]

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つかこうへい正伝 1968-1982

『つかこうへい正伝 1968-1982』

著者
長谷川 康夫 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103397212
発売日
2015/11/18
価格
3,300円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

あの時代につかこうへいに接していたら絶対に逃れられなかっただろう

[レビュアー] 大根仁(映像ディレクター)

●1月30日 15年前、つかこうへい名物の【口立て演出】を目の当たりにしたことがある。「舞台とテレビのコラボレーション」をコンセプトにした深夜ドラマ『演技者。』シリーズが始まったのは、前身番組『少年タイヤ』の1コーナーからだった。番組ディレクターだったオレは舞台への知識が薄く、外部から戯曲の選定スタッフが呼ばれた。彼らが第一作目に選んだのは『熱海殺人事件』だった。オレは正直「今さら熱海かよ……」と思った。そりゃ、つかこうへいの存在と功績は知っていたし、映画『蒲田行進曲』は大好きだったが、こちとら80~90年代サブカル育ち。演劇といえば宮沢章夫、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、松尾スズキの世代だ。21世紀につかこうへいはないだろう。演出はつかこうへい作品の演出経験のあるフジテレビの社員ディレクターが担当することになり、主役は少年隊3人+藤谷美和子。台本は数年前に上演された、どのバージョンかはわからないがクラシックな設定の『熱海殺人事件』だった。稽古当日、メイキング担当だったオレはリハーサル室にいた。稽古開始の1時間前に東山紀之が来て、ストレッチを始めた。「まさか、つかさん来ないよね」「って聞いてますけどね」「来たら大変だよ、台本なんて意味なくなっちゃ……」ガチャ。ドアが開いて入ってきたのはスーツ姿のつかこうへいさんだった。「おうヒガシ、始めるか」。この『熱海~』につかさん本人が関わりたいという話があったのだが、丁重にお断りしたはずだった。つかさんはジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めて室内を歩き回りながら台本をパラパラとめくり、こう言った。「古いな。全部変えよう」。そこからヒガシ相手のアドリブ口立て演出が始まった。「私、世界には4人の巨人がいると思っております!」「私世界には~」「一人はヴィンセント・ヴァン・ゴッホ!」「一人は~」「一人はリヒャルト・ワーグナー!」どのシーンのどのセリフだか全くわからない。即座に相手をするヒガシも凄いが、オレはあっけにとられていた。「おい君!」突然オレを見た。「このセリフ、書いてくれ!」「え?」「いいから書け!」「はい!!」「一人はフリードリッヒ・ニーチェ!」「一人は~」「そしてアドルフ・ヒトラー!!」やがてプロデューサーやディレクターがやってきた頃にはもう後の祭り。戯曲選定スタッフは慌てた。「つかさん、今回は台本があるんですよ!」「つまんねえんだよ! 誰が書いたんだ? あんなもん!」さらに到着した錦織、植草、藤谷美和子を巻き込んで怒涛の口立て演出は9時間ぶっ通しで行われた。そして汗だくになったつかさんは「じゃあ明日この続きな!」と去っていった。台本のセリフや設定はもはや影すらなかった。その夜、緊急会議が行われ、結局つかさんには再度ご遠慮いただくことが決まった。結局ドラマは当初の台本通りに作られたのだが、どう見てもつかさん口立てバージョンの方が数百倍面白かったし、何よりつかこうへいそのものが最高だった。『つかこうへい正伝1968-1982』は、初期つかこうへいの側にいた長谷川康夫さんが、つかが真につかだった時代を、自身の記憶と、つかに人生を決められた人たちの証言をもとに綴っている。そこにはオレが目撃したつかこうへいの数百倍エキセントリックなつかこうへいがいた。天才、悪魔、天使、嘘つき、淋しがり屋、粗暴、キ●ガイ、やっぱり天才……。オレは正直つか信者を軽視していたが、もしあの時代につかこうへいに接してしまったら絶対に逃れられなかっただろう。だって550ページを一気に読破した時、オレ涙が止まらなかったもん! とにかくこの『つかこうへい正伝1968-1982』は最高に面白い!!! 必読!!!!!

*大根仁「中春スケッチブック~あるいはポップカルチャーレコメンドダイアリー~」はTVBros.で連載中。

東京ニュース通信社

TVBros.2/13-2/26 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです
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