『ではまた、あの世で』
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「世界の妖怪はほぼ千体」――水木しげる原理主義者の回想録
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
15年11月30日、水木しげるが亡くなったというニュースが流れた。日本漫画界の巨星がまた一つ消えた。
著者は“水木原理主義者”を標榜するノンフィクション作家で、海外の妖怪探索に3回も同行した強者である。彼のまとめた水木語録『本日の水木サン』(草思社)の最後のページに記されているのが「ではまた、あの世で」。美しい言葉だ。
二人の出会いは1992年。当時著者はマレーシアの少数部族・セノイ族の夢についての取材をしており、水木サン(自分のことをこう呼んだ)が興味をもって会いたいと言ってきたのだ。それがきっかけになり、セノイやアボリジニなどの調査に赴くことになる。
その旅行を通して、水木サンは「世界の妖怪はほぼ千体で共通している」という認識を持つ。実際、日本の妖怪の絵などを見せると、現地の古老は同じ奴がいると驚いたらしい。傍若無人に振る舞う水木サンに翻弄されても、周辺の人は楽しそうだ。
鬼太郎誕生秘話も、いまとなっては驚かされることばかりだ。鬼太郎のキャラクターは水木しげる一人の創作物ではなく、いろいろな人の手を経たものだった。こんなに長い間、愛される漫画になろうとは、水木サン本人も思っていなかったようだが。水木サンといえば、戦争、貧乏が付いてまわる。片腕を戦地で無くした逸話は有名だが、それでさえ水木サンのキャラクターになってしまった。NHK朝の連ドラ「ゲゲゲの女房」で語られた貧乏話は清々しいほどだ。
水木サンを慕う人たちもたくさん登場する。「水木山脈」と名付けられた人脈は、荒俣宏、京極夏彦などの直弟子以下、錚々たる面々が名を連ねる。水木サンはどれほど魅力的な人だったのだろう。
終章の「お別れの会」のリポートがいい。誰もが彼を慕っている様子に胸が詰まる。集まった人たちは皆、水木サンへこう呟いていただろう。「ではまた、あの世で」。