いよいよ映画公開『何者』そのアナザーストーリーとは
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
10月15日公開の映画『何者』は、朝井リョウの同名長編(新潮文庫)が原作。就活とSNSに翻弄されるいまどきの大学生を描いて脚光を浴び、第148回(2012年下半期)直木賞を受賞したのはご承知の通り。三浦大輔監督の映画では、主人公格の拓人を佐藤健が演じるほか、有村架純(瑞月)、二階堂ふみ(理香)、菅田将暉(光太郎)、岡田将生(隆良)、山田孝之(サワ先輩)……と豪華キャストが顔を揃える。
その『何者』の登場人物たち(および家族や関係者)を別の角度から描いた短編6編を収める連作集が、本書『何様』。『何者』のスピンオフというか、アナザーストーリー集だが、光太郎の高校時代の淡い恋を描く1話目は『何者』以前に書かれた短編だから、『何者』の方が本書のアナザーストーリーだとも言える。実際、『何者』を知らなくてもぜんぜん問題ないし、本書を読んでから映画『何者』を見て、そのあと原作を読むコースもありだろう。
たとえば、3話目の「逆算」は、26歳のクリスマスイブのために必死で作戦を練る、大手鉄道会社勤務の女性が語り手。コンビニの会計が576円なら626円出し、なるべく小銭を少なくするタイプ(ちなみに僕もこのタイプです)。つねに“逆算”して行動しているのに、なぜかうまく行かない。そんな“私”がサワ先輩と出会い、意外すぎる真実を告げられる。思わず「うまい!」と膝を叩くオチが鮮やかに決まる、楽しいコメディだ。
瑞月の父親が出てくる第5話「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」は、就活生向けセミナーのマナー講師(35歳、独身)が主人公。わがままで奔放な妹とは対照的に手のかからない理知的な優等生だったのに、なぜか損ばかりしている……。「逆算」と同じく、考えすぎてしまう主人公が大胆な行動に踏み切る瞬間が鮮やかに切りとられる。
巻末の表題作は、人事部に配属された新入社員が語り手。いわく、
〈自分が人事部として面接をする側になるなんて、くだらないと言われ続けている就活を運営する側になるなんて、人は意外と、想像しない〉
内部から見た選考の進展(文学賞の選考と少々似ていなくもない)と並行して、私生活で大きな変化が起き、内面と立場のズレが大きくなる。その葛藤を終戦記念日と重ねて描くところが心憎い。『何者』からさらに世界を広げ、老若男女さまざまな読者の共感を呼べそうだ。作家的成熟が実感できる、練達の作品集。