『spring』
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<書評>『spring』恩田陸 著
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
◆湧き出す無邪気さと天才性
『チョコレートコスモス』では演劇、『蜜蜂と遠雷』ではピアノと、パフォーミングアーツの神髄を鮮やかに小説化してきた恩田陸が満を持してバレエに挑む。本書『spring』は、PR誌<ちくま>に3年余り連載された長編。書き出すまでの準備と取材に5年以上を費やしたという。
主役の萬春(よろずはる)は、8歳でバレエと出会い、15歳で海を渡った天才的な舞踊家にして振付家。小説の題名は、彼の名前であり、跳ねるバネであり、芽吹く春であり、湧き出す泉でもある。それらのイメージを重ねつつ、春の身近にいた3人の人物と春自身の視点から萬春の魅力が生き生きと描かれる。叔父が語る章には、小学生の春が、梅の木を身体で表現する場面も。漫画『ガラスの仮面』の劇中劇「紅(くれない)天女」を踏まえた読者サービスだが、「今、そこに梅の木が立ってるかと思ったよ」と叔父に言われた春は、「まさか俺、紅天女だった?」と訊(き)き返す。この自然体を見よ!
誰からも愛される無邪気さと、空恐ろしいほどの天才性を両立させるのは普通に考えてきわめて困難だが、恩田陸はそのハードルをらくらくと越える。しかも「いままで書いた主人公の中で、これほど萌(も)えたのは初めてです」とみずから臆面もなくコメントするのだから感服するほかない。
『チョコレート~』や『蜜蜂と遠雷』ではスポーツ小説的なスリルが小説を駆動していたが、本書ではそういう物語性をすべて封印。バレエそのものが主役になり、ダンスのためのダンス、バレエのためのバレエが(バレエ用語を使わずに)文字で再現される。ひとつひとつの振付に独創的なアイデアを投入し、バレエに興味のない読者の目まで釘(くぎ)付けにするのが恩田流。クライマックスは「春の祭典」。歓喜の渦が世界を包む。
装丁は鈴木成一デザイン室。カバーは白一色に銀の箔(はく)押しで題字が踊り、本文奇数ページの下にはバレエを踊るシルエットのパラパラ漫画つき。さらに初版限定で、キュートなオマケ掌編が読めるQRコードが付属する。
(筑摩書房・1980円)
1964年生まれ。小説家。2017年、『蜜蜂と遠雷』で直木賞受賞。
◆もう一冊
『チョコレートコスモス』恩田陸著(角川文庫)。演劇のオーディションをめぐる群像長編。