「イヤミス女王」湊かなえにハマる女たち。なぜ女だけがドロドロを好む?

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湊かなえ
湊かなえ

イヤミス、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。読んだ後に「イヤ」な気分になる後味の悪い「ミステリー」。決して楽しい気持ちにはなれないのに、ついつい読んでしまう……そんな女性ファンが増えているようです。

例えば、必ず勧善懲悪で終わるので最初から最後まで安定して見ていられる水戸黄門に対して、悪は悪のままで最悪な終わり方をすることがわかっているイヤミスは「逆・水戸黄門」といえると思います。

読んだらぜったいに嫌な気分、後味の悪さを味わうことがわかっているのに読んでしまうのはなぜか? それはもしかすると日本女性独特の「文化」にあるのかもしれません。

イヤミスを好きだという方には圧倒的に女性が多いのですが、なかでも女子校出身の女性のほうがイヤミスにハマる傾向が強いように思います。学生時代からトイレに連れ立って行き、可愛いと思っていなくても「それ可愛い! どこで買ったの?」などと持ち物を褒め合う女性同士の会話。内心では相手のことが嫌いでも、少しも可愛いと思っていなくても、決して本音は言えない空気感のなかで女性たちは育ちます。「あの子より私のほうがマシ」そうやって常に人と比較することで自分の気持ちを保って生きています。そんな日々の鬱屈した気持ちを晴らしてくれるのが、イヤミスなのではないでしょうか。

女性が好きなドラマの典型として「昼ドラ」「韓流ドラマ」が挙げられますが、これもイヤミスが好きな女性の心理と似ているのではないかと思います。昼ドラや韓流ドラマは恋愛が主軸に置かれることが多いですが、いじめや嫌がらせ、裏切り、足の引っ張り合いなど人間の醜い姿がこれでもかと描かれます。

観る側の楽しさとしては「自分にこんなことが起きたら絶対嫌。でも、他人の不幸は面白い」そんな心理があるはずです。また、イヤミスは書き手に女性作家が多いのも特徴です。やはり、女の汚い部分をよく知っているのは女、ということなのでしょう。

このイヤミスを得意とする女性作家のTOP3とされるのが、湊かなえさん、真梨幸子さん、沼田まほかるさんの3人。真梨幸子さん、沼田まほかるさんは登場人物の猟奇性、異常性、描写などのエログロが際立った印象を受けるタイプの作品が多いですが、湊かなえさんの場合はほとんど過激な描写のシーンは出てきません。

“イヤミスの女王”といわれる湊かなえさんの作品の特徴は、緻密に練られたストーリーと登場人物の心理描写、後から「あれがそうだったのか!」と唸らされる伏線の数々。ハッピーエンドでは終わるのかと思いきや、最後に突き落とされる。読んでいて嫌な気分になったり、ゾッとしたり、ホッとしたのもつかの間に恐ろしい展開に突き落とされたり……まるでジェットコースターのように読み手の感情が揺さぶられるのです。怖いのに、ついページをめくる手が止まらなくなる。知らないほうが良かった結末を知ってしまう……。そんな魅力があるのが湊かなえさんの小説の特徴です。

湊かなえさんの長編作品として初めて男性が主人公として描かれた『リバース』は「男同士のドロドロ」が見られる珍しいお話。どちらかというと女々しい普通のサラリーマンが主人公。でも、過去に秘密を抱えていて……。「ちょっと! なんでそこでそういうこと言っちゃうの?」「なんでそこで止めないの!?」 イヤミスというよりは“イラミス”(イライラするミステリー)とでも言いたくなるくらい男たちの意気地のなさ、保身に走るあまりに秘密を重ねてしまった姿が描かれています。

女性同士のドロドロも面白いですが、男性の抱える「心の闇」に焦点が当てられているので、また違った角度からドロドロを楽しめること間違いなし。残虐なシーンは何ひとつ出てこないのに、最後に突然背中に冷たい氷を入れられるかのようなゾッとする展開が待っていますよ。

上岡史奈[文]

湊かなえ(みなと・かなえ)
1973(昭和48)年、広島県生まれ。2007(平成19)年、「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。翌年、同作を収録する『告白』が「週刊文春ミステリーベスト10」で国内部門第1位に選出され、2009年には本屋大賞を受賞した。2012年「望郷、海の星」で日本推理作家協会賞短編部門、2016年『ユートピア』で山本周五郎賞を受賞。2018年『贖罪』がエドガー賞候補となる。他の著書に『少女』『Nのために』『夜行観覧車』『母性』『望郷』『高校入試』『豆の上で眠る』『山女日記』『物語のおわり』『絶唱』『リバース』『ポイズンドーター・ホーリーマザー』『未来』『ブロードキャスト』、エッセイ集『山猫珈琲』などがある。

講談社
2017年3月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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