織守きょうや 刊行記念インタビュー「大ヒット作 切ない青春ノスタルジック・ホラー『記憶屋』に続編登場!」

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大ヒット作、切ない青春ノスタルジック・ホラーに続編登場!〈インタビュー〉織守きょうや『記憶屋II』

 記憶屋という名の、人の記憶を消す怪人がいるらしい。どうしても忘れたい記憶を、忘れさせてくれるらしい――。そんな都市伝説の主人公は、恐怖の対象か、救いの主か? 第二十二回日本ホラー小説大賞・読者賞を受賞した『記憶屋』が、昨年十月の文庫刊行以来、異例のロングセラーとなっている。「怖い」だけではない。「せつない」の声が連鎖しているのだ。この度、待望の第二作『記憶屋II』、そして『記憶屋III』の連続刊行が決定。著者の織守きょうやに、この物語に込めた思いを聞いた。

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■人が何かを忘れたい時はどんな時だろう?

――「広義のホラー小説」を対象とする日本ホラー小説大賞には、「一般から選ばれたモニター審査員によって、もっとも多く支持された作品に与えられる」(応募要項より)読者賞が設置されています。同賞を受賞した『記憶屋』は、刊行後も多くの読者から支持を集めクチコミで広まっていきました。その声は、織守さんの耳にも届いているのではないですか?

織守 ありがとうございます。読んでいただけたことも嬉しいんですが、意見が分かれていることも嬉しいです。「怖い」と言う人もいれば、「せつない」と言う人もいる。主人公の男の子を「いいやつ」と言う人もいれば、「正論だけで好きになれない」と言う人もいる。特に、ラストシーンの反応はまっぷたつでした。読む人によってとらえ方が違う、正解がないというのは、おもしろいなと思って……。どの立場に感情移入しながら読むかによって、怖い話のようにも悲しい話のようにも思える、そういう作品が自分にも書けたのかなと思うと、すごく嬉しいです。

――『記憶屋』は口裂け女やトイレの花子さんの系譜に連なる「都市伝説ホラー」です。大学生の遼一は、忘れたい記憶を消してくれるという記憶屋の噂を、子どもの頃から耳にしています。ふとしたことから噂が作り話ではなかったと知り、記憶屋の影を追うことになる。ひとつの「事件」が、別の「事件」とリンクしていく、連作短篇形式ですね。全篇に「記憶がなくなる」ことの怖さが充溢していますが、そのあたりの感情が発想の原点だった?

織守 もともとミステリを読んで育ってきた人間なので、発想がミステリ的なんですよ。ミステリで言うと、「記憶がない」って、「謎」じゃないですか。「その間、何が起きたんだ?」って。お話を作る機材というか道具として、魅力的だなあと思って書き始めました。ミステリを書こうとしていたわけではないんですけどね。怖さを前面に押し出すつもりもなくて、どちらかというと記憶を消されることのせつなさとか、そっちの方に興味がいっていました。乙一さんとか、朱川湊人さんや恒川光太郎さんの、怖いんだけどせつない話が大好きなんです。

――今のお話が象徴的ですが、『記憶屋』はホラーでありミステリでもありますが、なにより人間関係のドラマですよね。

織守 それをまず描きたかったという思いはあります。私は純粋なミステリを書く時、先にストーリーが浮かんで、キャラクターは後から考えることが多いです。『記憶屋』に関しては、キャラクターの立ち位置を先に決めました。幼馴染みの男女とか、弁護士と秘書とか。幼馴染みって、憧れじゃないですか。料理上手な秘書は、私の夢です(笑)。その一方で、「人が何かを忘れたい時はどんな時だろう?」と考えていきました。「記憶を消したいと思うほどの人間関係って?」と。

――その過程で、恋愛の要素が膨らんでいった?

織守 そうですね。「相手に執着するほどの強い感情って?」と考えた時に、自然に出てきたもののひとつでした。『I』では恋愛要素が多かったので、『II』は友情をメインに書きました。友情関係だけじゃなくて、ライバル関係とか。「あの人に仕事の上で認められたい」って気持ちは、ひとつ強い感情としてあるかな、と。

――『記憶屋』は『II』から読み始めても問題なく楽しめます。でも、『I』を読んでいた人ならば一瞬で感知できるミステリが、冒頭から仕掛けられています。

織守 そこは狙っていました。『I』を読んでいる人は、「ん? あれ?」となる。そこからまたひねるということは、続編にしかできない面白さだと思ったんです。

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■記憶は「自分のもの」なのに「どうしようもないもの」

――『記憶屋』で初めて織守さんの本を手に取った人は、驚くと思うんです。著者紹介欄にある「現在弁護士として働く傍ら小説を執筆」という二足のわらじにもびっくりですが、「2013年、第14回講談社BOX新人賞Powersを受賞した『霊感検定』でデビュー」とあります。昨年が、いわば二度目のデビューなんですね。再び新人賞に挑戦した理由とは?

織守 小説を書くことは昔から好きで、『記憶屋』の原型となる話も十年ぐらい前に書いていました。弁護士になった後、『霊感検定』でデビューしたんですが、賞の選考で私を推してくれた担当さんが異動になって。本を出すために自力でなんとかしようとなった時に「『記憶屋』があるぞ」と思い出しました。「開拓だ!」と(笑)。過去の原稿を手直しして応募したら、運良く最終選考に残ったと連絡をいただいて、読者賞をいただけて。もし取れるとしたら、読者賞だと思っていましたね。だって歴代の受賞作を並べてみた時に……怖いじゃないですか。私の作品は「ぜんぜん怖くないよ!」と思って(苦笑)。

――確かに、人と人の出会いの奇跡に裏打ちされた世界観はあたたかくせつないですが、怖いですよ。例えば、記憶屋が実現する怖さを示すこの一文。〈自分を知っていたはずの相手が、きょとんとして、知らない人を見る目で自分を見る。/ぞっとする〉(二五二ページ)。実際に書いてみて、このモチーフのホラーな魅力を実感されたのではないですか?

織守 そうですね。記憶って自分だけのもので、でも自分ではコントロールできないし、忘れたくても忘れられない。「自分のもの」なのに「どうしようもないもの」なんです。それを外から消せるとしたら、便利でもあるけれど、怖いですよね。その人の中にしかないものが永遠に消えてしまったなら、その人はもうその人ではなくなってしまうかもしれなくて……。そのあたりのことは、主人公と一緒に考えながら書いている感じでした。

――作中の表現を借りれば、記憶屋は「恐怖の対象」か「正義の味方」か。その問いかけは、続編に当たる『記憶屋II』にも引き継がれ、深まっています。今回、記憶屋の正体を探ろうとするのは、四年前に起きた集団記憶喪失事件の当事者のひとりである女子高生・夏生です。大手新聞社の記者・猪瀬から投げかけられた「親友が記憶屋かもしれない」という疑念を晴らすため、猪瀬の調査に協力します。

織守 続編を書くつもりはまったくなかったんです。でも、担当さんと初めて打ち合わせをした時に、「シリーズ化しましょう」と言われ、「えっ、これをですか!?」と(笑)。どう続けようかなと考えていった時に……十年前に書いていた原型に当たる小説は、記憶屋にまつわるバラバラの連作短篇でした。その時の第一話が、『II』の冒頭に置いた、女子中学生四人の記憶が消えてしまう事件だったんです。もうひとつ『I』では使わなかったエピソードがあったので、新しい話と組み合わせれば一本の長篇にできるかも、と。

――『II』に収録されている二つの事件は、カラーがまったく違いますね。

織守 第一話は、誰の目から見ても記憶屋がやったことは正しい、と感じられるような犯罪被害の記憶から、話を広げていきました。第二話に関しては、「なんでそんなことで記憶屋に頼るんだ」って感じる人もいるかもしれません。でも、周りにとっては大したことじゃなくても、本人にとっては重大なこと。そこを強く押し出すことで、次の『III』の話に繋げていきたいと思いました。ちなみに、続編は一冊の予定だったんですが、書き過ぎてしまって『II』『III』と二冊に分かれることになりました。

■その人にとっての正義はその人の感情でできている

――『記憶屋』を読むと、「自分だったら何の記憶を消したい?」と考えると思うんです。「もし記憶屋がいたら頼む?」と。織守さん自身はどうですか?

織守 私は『II』の主人公と同じ考え方で、消してほしい人が消してもらうぶんには好きにやればいいけど、自分は絶対消されたくないです。消したい記憶があったとしても、忘れたいとは思わない。

――ということは、織守さんは作品の中で、自分とはまったく異なる意見を持ったキャラクターを、リアリティを持って存在させている。どのようにしてそれが可能となっているんでしょう?

織守 「その人がその立場だったらこう考えるだろう」という書き方は、常に意識していますね。普段、弁護士の仕事をしていることが関係しているのかもしれません。弁護士って、同じ事件でも被告と原告、どっち側に付くかによってまったくスタンスが変わるんです。自分では本当は「Aさんが悪いな」と思っていても、Aさん側の代理人になったら「いや、そんなこと言ったってBさんはこれこれこうじゃないですか」と、Aさんの気持ちを汲み取って弁護しなければいけない。立ち位置が違えば、正義も変わるんです。

――『II』で問題提起され、続く『III』でもクローズアップされていきますが……正義とは絶対的なものではない?

織守 時と場合によってまったく違いますよね。その人にとっての正義は、その人の感情でできているものなので。『I』は「記憶屋が記憶を消すのは良くない」と思っている主人公の側に立って、主人公の頭でこの世界のことを考えていました。続編では逆に、記憶屋の側に立って、人の記憶を消すのはどういう気持ちなのかを考えてみたいなと思ったんです。結局、「正解」のようなものは出ませんでした。ただ……自分が正義だと思って行動したことに対しては、責任を持たなければいけない。『II』『III』と書いていったことで、私自身そのことに初めて気付くことができました。続編を書くことができて、本当に良かったです。

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山田宗樹(おりがみ・きょうや)
1980年イギリス・ロンドン生まれ。兵庫県在住。2013年、講談社BOX新人賞Powersを受賞した『霊感検定』でデビュー。15年、日本ホラー小説大賞読者賞を受賞した『記憶屋』が、「泣けるホラー」として大きな話題に。他の著作に、『SHE LTER/CAGE』『黒野葉月は鳥籠で眠らない』『301号室の聖者』などがある。

取材・文|吉田大助 撮影|ホンゴユウジ

■記憶屋に舞い込む依頼

本シリーズに登場する依頼人たちの悩みはさまざま。誰に一番共感し、誰に反発するか、人によって分かれるところも本作の魅力の一つだ。

◆大学生の遼一が飲み会で知り合った女の先輩は、夜九時以降、頑なに出歩こうとしない。友達として意気投合し、もっと近づきたいと願う二人の想いを阻むのは、彼女の記憶だった。

◆女子高生の操は、幼馴染みで親友だった同級生男子のことだけを忘れてしまった。そこには、優しくせつない彼女の想いが秘められていた……。

◆若くして実力を認められ、テレビや雑誌へと活躍の場を広げている料理人・毬谷。華々しい成功を収めているはずの彼が抱えている、ある“呪い”とは――。

◆人気読者モデルの莉奈は、若手クリエイターの双子と仲良くなった記憶を失っていた。当時どちらかに恋していたらしい彼女が自らの記憶を消したことには、ただの失恋以上の理由があった。

■■ 「記憶屋」シリーズ紹介 ■■

文|吉田大助

 織守きょうやは「愛と正義」の小説家である。現役弁護士でもある彼女が職能を活かして書いたリーガル・ミステリー『黒野葉月は鳥籠で眠らない』(二〇一五年三月刊)で、そのポテンシャルが垣間見え、第二十二回ホラー小説大賞読者賞を受賞した『記憶屋』(同年十月刊)で、証明されることとなった。

 本を開いてすぐ、目に飛び込んでくるのはこんな噂話だ。〈夕暮れ時、公園の緑色のベンチに座って待っていると、記憶屋が現れる。そして、消してしまいたい、どうしても忘れられない記憶を、消してくれる〉。セピア色をしたノスタルジックなムードが、主人公である大学生・遼一の語りで一変する。〈実際に記憶屋に記憶を消されたと思われる人間を、三人知っている〉。「一人目」は、三つ年下の幼馴染み、河合真希。「二人目」は、大学の飲み会で一目惚れした、一学年先輩の澤田杏子だ。杏子は過去のトラウマで、夜道の恐怖症に陥っていた。シリーズ中何度も登場することになるフレーズは、彼女の口から飛び出すことになる。「記憶屋って、知ってる?」。再び出会った時の彼女は、遼一のことを一切忘れていた。

「三人目」の事件を経て、遼一は真相を知るために、記憶屋の影を追い掛け始める。遼一を狂言回しにした連作短篇形式で、記憶屋に依頼せざるを得なかった人物の気持ちと、その周囲にいる人々のドラマが記録されていく。彼らの関係性に横たわる感情は、恋愛であり、友愛だ。一目惚れは別として、愛は記憶でできている。それらが失われてしまった時、あえて失わせたいと思った時に、どんな感情が渦巻くことになるのか? ホラーの賞を獲得したこの作品は、愛の物語でもある。「意外な犯人」の驚きや恐怖と同時に、せつなさが発動するラストシーンで、読者はそのことを確信する。

 こんなふうに完璧なエンディングを迎えた物語を、どうやって続けるのか?

 続編『記憶屋II』で狂言回しに選ばれたのは、四年前に起きた「集団記憶喪失事件」の当事者のひとり、女子高生の夏生だ。記憶屋が関与しているのでは? 独自の調査を進める大手新聞社の記者・猪瀬と共に、夏生は過去の事件の謎を解き明かそうと試みる。その過程で、記憶屋に記憶を消してほしいと願った依頼人たちの心を知ることになる。

「記憶屋は、誰か?」。第一話の段階でフーダニット・ミステリとしての前提条件がくっきり提示されている本作は、前作同様、愛の物語でもある。愛のバリエーションが広がっているのと同時に、もうひとつ。前作で芽吹いていたテーマが、大きく花開いている。「正義とは、何か?」。記憶を消すことは、いいことか悪いことか。記憶屋が行っていることは、悪なのか正義なのか。続く『III』のラストシーンは、その問いを突き詰めていったからこそ出現することとなった。そして、前作以上のサプライズと、怖さとせつなさが爆発した。

 もう一度書こう。織守きょうやは「愛と正義」の小説家である。その言葉の意味を、『記憶屋』三巻を読み継ぐことで、ぜひ体感してみてほしい。

■記憶屋とは?

どうしても忘れたいこと、忘れさせたいことがある人のもとに現れ、記憶を消してくれるという都市伝説上の怪人。数十年前に一度、ごく限られた地域でその存在が知られるようになり、近年ふたたび女子高生たちを中心に噂となっている。

記憶屋は……
● 夕暮れ時に現れる
● 緑のベンチで待っていると現れる
● 駅の伝言板にメッセージを残すと現れる
● 記憶を消すのではなく、食べる
● 記憶屋を必要としている人間の前に現れる
● 自分につながる記憶を残さない
● 一度消した記憶を元には戻せない
● 遊びで呼び出すと、罰として記憶を消される

KADOKAWA 本の旅人
2016年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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