【聞きたい。】東日本大震災から8年――ペット禁止の避難所で過ごしたゴールデン・レトリバーと被災者の絆『スヌーパー君がいた40日』著者インタビュー

インタビュー

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スヌーパー 君がいた40日 避難所の小学校で起こった小さな奇跡

『スヌーパー 君がいた40日 避難所の小学校で起こった小さな奇跡』

著者
丹由美子 [著]
出版社
山と渓谷社
ISBN
9784635330763
発売日
2019/03/02
価格
1,320円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【聞きたい。】東日本大震災から8年――ペット禁止の避難所で過ごしたゴールデン・レトリバーと被災者の絆『スヌーパー君がいた40日』著者インタビュー

[文] 岡山泰史(編集者)

2011年に発生した東日本大震災から間もなく丸8年が経とうとしているが、どこか記憶の彼方に追いやってしまっていないだろうか。忘れてはならないことのひとつに、ペットの問題がある。当時、生き延びた命は人間だけではなく、ペットも避難所生活を強いられたが、避難先から立ち去らざるを得なくなるケースも多かった。にもかかわらず、ある一頭のゴールデン・レトリーバーは、石巻にある避難先の小学校の教室で、人びとを癒し、勇気づける存在となっていた。その犬の名は「スヌーパー」。震災直後、避難所生活を余儀なくされた人びととともに生き抜いた犬の、なにが人びとと一緒にいることを可能にしたのか。この本の著者であるライターの丹由美子さんにお話を伺った。

究極の場で命を支え合った飼い主とスヌーパーの物語

――311の震災当日、丹さんはどちらにいたのですか?

 私は埼玉県にある自宅にいて、仕事をしていました。突然、プリンターとパソコンが揺れ始め、そうとう長かったのを覚えています。こんな大きな揺れは経験したことがないと、すぐに窓と玄関を開けて避難路を確保しました。家具などはなんとか倒れずに済んだのですが、直後から停電し、携帯で電話をかけても誰ともつながらない状態でした。暗くなってから、近くに住んでいた友人が心配して車で迎えにきてくれ、その友人宅ではじめて津波の映像を見て、大変なことが起きたことに気付かされました。

――そこからスヌーパーと出会った経緯を教えてください。

 ある震災チャリティーのイベントで、石巻市の動物病院を経営している阿部俊則・容子両先生がパネラーをされていました。当時、家族を立て続けに亡くし、生きる希望を失いかけていたとき、私にそっと寄り添ってくれたのは一緒に暮らしていたシーズー犬でした。私自身が動物に心を救われた経験があったことから「動物がもつ癒しの力を勉強したいと思っています」と、私からお声がけすると両先生はとても喜んでくださり、「ぜひ一度、石巻に来てください」と誘ってくださいました。そこで早速、石巻へ向かいました。
 容子先生から震災当日とその後の話を伺い、石巻動物救助センターに行き、どのようにペットが保護されているのか、センターがどんな活動をしているかを視察しました。石巻や女川などの沿岸部の状況も見せてもらったのです。

――石巻はまだまだ大変な状況だったのでは?

 2011年の9月でしたが、津波に襲われ骨組みだけが残ったビル、半壊した家は、まだそのままの状態。道路は確保されていたけれど、あちこちに脇によけただけのがれきの山が残っていました。潮水の匂い、オイルの匂いもして、「まだこんな状態なのか」と驚きました。避難所や仮設住宅で、ドッグフードを配る容子先生に同行させていただき、飼い主さんに話を聞いていきました。
 そうやって何度か通ううちに、容子先生が「実はね、誰にも言わないで大切にしていた話があるの。聞いてくれる?」と話してくれたのが、40日間も人と一緒に避難所生活を送ったスヌーパーのことでした。そして飼い主の康子さんのご自宅に伺い、会える日を作ってくれたのです。

――スヌーパーはどんな様子でしたか?

 当時はもう避難所の小学校は出た後で、康子さんと仮設住宅に暮らしていました。康子さんのお宅に到着すると、スヌーパーは玄関まで迎えに来てくれました。ただ、体力はなくなっていたのでしょう。取材中は、リビング横にある和室で横になっていることがほとんどでした。

最晩年のスヌーパーはガンと闘い、横になっていることが多かった
最晩年のスヌーパーはガンと闘い、横になっていることが多かった

――康子さんはよく取材を受けてくれましたね。

 康子さんには、感謝しかありません。康子さんと阿部容子先生の信頼関係があってこそだと思います。当然、康子さんは、私がライターであることは知っていました。紹介してくれた容子先生にしても、「スヌーパーの話はどこかで残しておきたい、伝えてほしい」という想いがあって、康子さんと私との出会いが実現したのだと思います。

伝えたかったのは「絆」と「しつけ」

――たくさんの犬や猫が同じ教室のなかで避難生活を送るという状況が一時あって、吠えたり騒いだりのせいで、次々と出て行かざるを得ないなかで、スヌーパーだけが残りました。なぜスヌーパーは同行避難を許されたのですか?

 実は一時期、教室から出て行かざるを得ない状況があったのですが、まとめ役の丹野さんが「動物は外という意見も出ましたが、スヌーパーはこの部屋に置いてあげたいと思います」と提案してくれて、みなさんがそれを了承してくれたのです。

――なるほど、擁護してくれる人がいたのですね。スヌーパーは被災された方達とどう接していたのですか?

 ゴールデン・レトリーバーの特性なのかもしれませんが、人の気持ちに敏感です。飼い主さんの気持ちを察し、さらに場の空気も読むことができます。避難所で不平不満を口にする人もいるなか、スヌーパーは吠えることも鳴くこともありませんでした。そして、口が堅い話し相手にもなってくれました。

「スヌーパーが頑張っているんだから頑張ろう」
「スヌーパーの優しさのおかげで辛い時期を乗り越えられた」
 と多くの人の心の支えになったのです。

 もちろん、飼い主の康子さんがスヌーパーにしっかり「しつけ」をしていたことが大前提です。ですが、家の中で津波に襲われたときに、一台のベッドにスヌーパーを載せ、自分もそのベッドに捕まってなんとか生き延びる。そういう、生きるか死ぬかといった究極の場で命を支え合った康子さんとスヌーパーの間には、「しつけ」という言葉では片づけられない深くて強い「絆」を感じずにはいられません。

家で津波に飲み込まれたが、ベッドにスヌーパーを乗せ、自身はベッドに摑まり助かった
家で津波に飲み込まれたが、ベッドにスヌーパーを乗せ、自身はベッドに摑まり助かった

人の命も動物の命も平等

――本の中で印象的なのが「人の命も動物の命も平等」ということばです。

 これは丹野さんの言葉なんですが、実は丹野さん、お母さまを津波で亡くしているんですね。だからこそなおさら、「みんな九死に一生を得た命。人だって動物だってここを出たら行き場もない。どうにかして助けたい」という想いがあったのだと思うのです。

「命の重さをくらべちゃいけない」

 そんな言葉もありました。丹野さんは普段とても寡黙な方ですが、いざというときには正義感が強く、冷静沈着に解決方法を探っていける方でした。平等な立場で自分の意見を伝えたからこそ、教室のなかで合意が築けたのでしょう。

「家をなくしたり、家族を亡くさないと、その気持ちもわからない」

 これは被災者みんなが言うことです。ですが、たとえ被災者同士であっても、その違いによって気持ちはわかり合えない現実がある。丹野さんだからこそ、極限の状況にあっても人の心に言葉が届いたのです。

狭い教室の中のタタミ2畳ほどのスペースで、2人と1頭が40日間過ごした
狭い教室の中のタタミ2畳ほどのスペースで、2人と1頭が40日間過ごした

――今後、被災した際に、被災者とペットとの避難生活はどうしたらいいでしょうか?

 繰り返しになりますが、やはり「しつけ」は大前提です。その上で、周りの理解や協力を得られるかは、飼い主さんのふるまい次第です。水や食糧、電気やスペースもないなかで、強い緊張や不安を強いられるのが避難生活です。
 その緊張状態のなかで、スヌーパーの頑張りと優しさに、康子さんをはじめ避難所の人たちは助けられました。スヌーパーと康子さんたちの間には、それを見た人たちが応援したくなるなにかがあったのだと思います。避難所生活のなかで、康子さんはご主人と一緒に必死になって、スヌーパーへの理解を得られるように、掃除や水汲みなども積極的に参加していました。本の中に、同じ教室で避難生活を送っていた高野さんの言葉があります。
「スヌーパーがいることで『迷惑をかけている』と思っていたんでしょう。文句ひとつ言わず、先頭に立って一生懸命に気を遣っていたよね。みんなそれを口には出さなくても、それを見ていたのよ。お互い様でしょ。康子さんと実さんが家族と思っているスヌーパーを私たちもだいじに思うのは」

――スヌーパーが周りの人を助け、周りの人もスヌーパーを助けた。

 飼い主としての周りの人への配慮があったからこそ、スヌーパーは共存できたのだと思います。まとめ役だった丹野さんをいちばん手伝ったのが康子さんであり、ご主人でした。そして、その丹野さんの最初の仕事が「スヌーパー」のことだったのです。
 30年以内に日本各地で大地震が起きると言われています。予想もつかない災害が起きたとき、一緒に暮らす動物の家族を守るために何が必要なのか――この本をきっかけに考え、今から準備をはじめていただけたら嬉しいです。

人と動物の絆がどれほど大切か。震災を機に浮き彫りになった
人と動物の絆がどれほど大切か。震災を機に浮き彫りになった

山と溪谷社
2019年3月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

山と溪谷社

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