ナチス疑似体験が教える令和ファシズムの到来〈ベストセラー街道をゆく!〉

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ファシズムの教室

『ファシズムの教室』

著者
田野大輔 [著]
出版社
大月書店
ISBN
9784272211234
発売日
2020/04/17
価格
1,760円(税込)

ナチス疑似体験が教える令和ファシズムの到来

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 拳を振り上げて熱弁をふるう独裁者の姿、国家警察による監視と暴力、強制収容所と大虐殺……。「ファシズム」と聞いて思い浮かべるのは「恐怖政治」のイメージだろう。教科書にも載っているそれらの歴史は、あまりに凄惨な一方、日常からはどこか遠いものに感じられ、自分自身が進んで加担する事態はなかなかリアルに想像できない。

 そんな私たちの意識を鮮烈な形で揺さぶる本が『ファシズムの教室』。緊急事態宣言を受けて書店の休業が相次ぎ、平時より販促活動が限られるなか、発売からひと月足らずで重版決定と大健闘している。

 著者の田野大輔は『愛と欲望のナチズム』などの著書もある歴史社会学の教授。本書のベースとなっているのは、彼が大学で実際に10年にわたって行ってきたファシズムの「体験学習」だ。自ら「田野総統」というアイコンに扮し、白シャツ・ジーパンという共通のドレスコードを「制服」に見立て、受講者全員で行進の練習をした後、構内でいちゃつく“リア充”たちを大声で糾弾する(!)……徹底的に戯画化された状況に、当初はあくまで面白半分だったはずの学生たちが、次第に「やってやった感」を自覚するようになる過程を追ううち、足元がぐにゃりと歪むような感覚を覚える。
「ファシズムの危うさの本質にあるのは存外身近な感情です。それを理解させるため、自分自身で“体験”させ自省を促すという手法に目から鱗が落ちる思いでした」(担当編集者)

 また、この授業にいち早く注目していたネットメディアの記者は、「ファシズムを“抑圧するもの”ではなく“欲望を解放するもの”と捉えた点が慧眼」だと指摘する。「ヘイトスピーチやリンチの原動力は指導者のカリスマ性や強権それ自体ではない。“錦の御旗”のもとに感情を発散する快感に酔う、私たち自身の心の動きだという事実を思い知らされました」。

 新型コロナウイルスの流行以降、“自粛警察”という言葉も話題にのぼるようになった。この国でファシズムが横行する素地はすでに十分に整っている。

新潮社 週刊新潮
2020年6月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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