世の中が大きく変わり、飲食業界の接客の在り方が難しくなった今だからこそ、この作品に込めた願いとは?

エッセイ

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明日の私の見つけ方

『明日の私の見つけ方』

著者
長月, 天音, 1977-
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758444026
価格
748円(税込)

書籍情報:openBD

『明日の私の見つけ方』刊行に寄せて

[レビュアー] 長月天音(作家)

私は東京の老舗レストランで社会人としての一歩を踏み出した。その後、職場は何度か変わったが、今も飲食店での仕事を続けている。もともとの食いしん坊に加え、お客様との触れ合い、食を取り巻く現在の状況、本社と現場の力関係……、実に面白い。

今回のお話をいただいた時、舞台はすぐにレストランと決まった。主人公は、サービスマンとして歩き始める地方出身の女性である。

自分を思い返しても、学生から社会人への変化は、期待よりも恐怖と緊張のほうがよほど大きかった。特に、受動的な行動から能動的な行動へ意識の変革が求められることは大きなプレッシャーにもなった。何をするにも手探りで、良かれと思ったことが的外れだと分かった時の落胆の大きさ。それを繰り返し、やがてコツをつかんで上司に認められた時の喜びといったら。

何事も初めての経験ほど鮮烈な印象を受けることはない。そして、それは時間が経っても驚くほど記憶に残っている。そんな若さゆえの素直な感動も、描きたかったもののひとつである。「なんだ、若い子の話か」と思うことなかれ。私は新入社員の倍近い年齢となったが、今でも同じようなことの繰り返しである。

いくつになっても初めての経験をする機会はある。多少は度胸がついたかもしれないけれど、失敗を知った分だけ臆病にもなる。

主人公は、決してレストランの華やかさに惹かれて就職したわけではない。自分の存在を肯定する場所として選んだにすぎなかった。しかし、先輩たちの接客に憧れ、自分もああなりたいと次第に仕事に夢中になっていく。何かに触発されてやる気になったり、誰かの言葉に一喜一憂して悩んだりすることは、何も新入社員に限ったことではない。

年齢を重ねるにつれ、悩みは多様化し、かつ同時進行する。仕事、家庭、人間関係。「これ以上、煩わせないでくれ!」と叫びたくなることもしばしばである。しかし、それを投げ出すわけにはいかない。前へ進むため、解決するのも自分しかいないのである。

この作品を書き進める間に、世の中は大きく変わり、飲食業界の接客の在り方も難しくなった。これまで当たり前だった、お客様に寄り添って一緒にメニューを選び、気軽に言葉を交わすような接客は否定され、どこか距離感が生まれてしまった。どうしたら心を通わせられるのかを思い悩む中、作中では、少々お節介と思われるほど、店員と客の距離が近い場面も描いた。レストランは単なる食事の場ではなく、人と人がつながる交流の場であり続けてほしいというのが私の願いだからだ。

この物語は、自分を肯定する物語である。これまでの日々の積み重ねが、今の自分を形作っている。未来は必ずよくなると信じることこそ、いくつになっても、そして今だからこそ、必要なのかもしれない。自分に自信を持てば、力強く明日への一歩を踏み出せるはずである。今の、もしくはかつての自分に重ねて、お楽しみいただければ幸いである。

 ***

【著者紹介】
長月天音(ながつき・あまね)

1977年新潟県生まれ。2018年『ほどなく、お別れです』で第十九回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー、ベストセラーになる。

長月天音

角川春樹事務所 ランティエ
2021年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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