中国経済の真の姿を理解し、将来を展望する

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家計・企業の金融行動から見た中国経済

『家計・企業の金融行動から見た中国経済』

著者
唐 成 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784641165915
発売日
2021/12/22
価格
4,400円(税込)

書籍情報:openBD

中国経済の真の姿を理解し、将来を展望する

[レビュアー] 小畑二郎(筑波大学・立正大学名誉教授)

 本書は、1978年の改革開放政策への転換以降に急成長してきた中国経済における金融システムの発展に関する著者の長年の実証研究の成果である。著者は、中国における金融発展の特徴を、家計の貯蓄超過と企業の過剰債務の2点に要約し、第1部と第2部に分けて、それぞれの分析結果をわかりやすく叙述している。

1 家計の金融行動に関する研究

 第1部「家計の金融行動」には、近年の中国経済の変容について、ISバランスの変化の側面から明らかにした序章に続いて、第1章「家計の貯蓄行動」において、家計の貯蓄超過の原因を高齢者が貯蓄によって子孫に遺産を残す傾向があること(遺産動機)に帰している。この点は、少子高齢化の進む日本と同じ事情である。第2章「家計の資産選択行動」においては、個人が資本利得を求めて住宅や株式に投資し、シャドウバンキング(影の銀行)を通じて資産運用を多様化していることが明らかにされている。さらに、第3章「家計の借入行動――金融リテラシーの影響」においては、金融リテラシーが高いほど、家計の債務は高くなり、金融リテラシーが低いほど、家計は債務超過に陥りやすい傾向があることが分析されている。戦後の日本においても、教育を通じて貯蓄や住宅借入などの金融に関連する知識を国民の間に普及させてきたことが、家計の金融市場への参加を促してきた。中国においても、金融発展に対して果たす教育の効果が現れていることは、興味深い事実である。

 家計の貯蓄は、経済成長と金融市場の発展にとって重要な役割を果たしてきていることは言うまでもない。しかし他方で、それによって、家計の消費は減少し、内需を縮小させて貿易摩擦をひきおこしたり、経済成長にブレイキをかけたりすることがある。また、住宅ローンなどによって、家計が過剰債務に陥って支払不能になる傾向は、中国ばかりでなく、世界中の近年の金融危機の1つの元凶になってきている。1980年代末の日本の不動産バブル、また、2007―08年のアメリカのサブプライム・ローンの破綻など、家計の債務超過の問題は、現代世界の共通の経済問題になってきている。唐成氏の中国の家計貯蓄に関する研究は、近年の世界中の金融危機と今後比較されるならば、さらに多くの貢献を果たしていくであろう。

2 銀行・産業の金融行動に関する研究

 第2部「銀行・産業の金融行動」は、銀行と産業企業との関係を扱っている。第1部が家計の金融行動に関するミクロ分析であったのに対して、第2部は銀行と産業の金融行動に関するマクロ分析に充てられている。

 第4章「産業における資金配分と銀行貸出」には、本書のもう1つの焦点がある。日本の高度成長期の企業金融と同じく、中国においても、銀行貸出を中心に間接金融体制が機能してきた。高成長期の中国の銀行貸出は、工業化を目指す産業政策と結び付けられて拡大した。産業政策による資金配分は、一部成長産業へと集中し、そこでは、日本のメイン・バンクに似た指定銀行による貸出が重化学工業化を促進してきた。唐氏は、別の論文における機械電子産業と造船業に関する銀行融資の事例研究を参考にして、銀行型の企業金融方式が、国有産業と民間企業との間に差別を生んできた点を明らかにしている。

 他方で、企業金融に占める株式発行の比重は、1990年代に一時期増大したが、その後、再び銀行貸出の比重が、50%を超えるようになり、再び株式発行の比重を超えるようになっている。銀行からの借入は、工業化によって膨張した固定資本に対する融資ではなく、主として運転資本に対する金融に充てられてきた。この点でも、高度成長期の日本の普通銀行による間接金融システムに似ている。固定資本投資は、公共インフラ投資、不動産投資、製造業投資の三大部門に集中し、政府の資金配分(「予算内資金」)に依存している。

 このような銀行型貸出の産業別の分布に関しては、2007年のリーマンショック以降、著しい変化が進行している。紙パルプ、石油精製、化学工業、鉄鋼、非鉄金属、といった従来型の産業が銀行貸出に占める比重は低下し、電力、鉄道、都市交通、水上輸送、航空輸送といったサービス産業の占める比重が高まっている。従来型の産業では、過剰生産能力が顕在し、銀行貸出に関するリスクが高まっているのに対して、公共インフラなどの建設には地方政府がかかわっている。また不動産投資への貸出の一部には、シャドウ・バンキングが使われ、不動産バブルの原因になってきている。恒大グループの破綻など、不動産バブルの行方と、産業のサービス化に伴う金融機構の変容について、今後、高成長後の中国金融の焦点になるであろう。

 第5章「企業の過剰投資行動」では、企業の設備投資の過剰について、統計分析による原因究明が行われている。1980年代には、消費主導の経済成長が遂げられたが、1990年代以降には、企業投資が経済成長の牽引役になってきた。しかし、近年になって、企業の過剰投資が目立つようになっている。企業の設備稼働率は、2013年に72.0%に留まり、うち製造業の設備稼働率は70.8%であった。特に、鉄鋼、電解アルミニウム、石油精製、コークス、化学繊維、食品、酒などでは70%を下回っていた。唐氏は、その原因を主として「フリーキャッシュフロー仮説」、すなわち企業が設備投資や運転資金以外に使える余剰な内部資金を蓄積してきたことによって説明している。しかし、この点に、私は少し疑問をもっている。というのも、日本の場合にも企業部門が1997年以降に貯蓄超過となり、設備投資を減少させてきているが、その原因は、産業のサービス化に伴って、旧来の製造業の設備稼働率が落ちてきていることに求められる。つまり、産業における技術革新の焦点の移動の問題と切り離して考えることができない。また、政府の旧来の重化学工業中心の産業政策と、低金利で固定資本の拡大を融資してきた銀行融資によって、企業が過剰な固定資本を備えるようになっていることにも原因がある。これらの点は、中国の過剰設備能力の問題にも当てはまるように考えるのである。

 第6章「政策金融」では、公共インフラ整備や、社会開発などにおいて、重要な役割りを果たしてきた政策金融機関の活動について、分析されている。日本の政府系金融機関と同じように、中国では、「農発行」(中国農業発展銀行)、「開銀」(国家開発銀行)、「輸銀」(中国輸出入銀行)の三大政策銀行が、社会資本の建設に融資してきた。「農発行」は、郵便貯金を原資とする政府の財政投融資を受けて、農業開発のための土地抵当貸し付けを行ってきた。また、「輸銀」は、一帯一路政策などの対外金融において活躍してきたが、唐氏は、「蕪湖モデル」について事例研究することによって、「開銀」の活動について、詳しく研究している。政策金融の方式は、政策銀行が地方政府に融資し、その地方政府が貸し付けの「プラットフォーム」になって、それぞれの建設プロジェクトに再融資するというものである。このような方式で、三峡ダム建設をはじめとして、数々の国家的プロジェクトが遂行されてきた。また、このような政策金融は、リーマンショック後の景気対策にも使われてきた。現在では、「蕪湖モデル」に続いて、「天津モデル」、「重慶モデル」などが着手されている。しかし、このような政策金融は、国家信用をバックにしたモラルハザードを招くようになり、地方政府の債務問題を引きおこしている。地方政府の債務問題は、企業の過剰債務とともに、中国政府の金融政策の大きな課題となりつつある。

 終章では、持続的経済成長に向けて、今後の課題が述べられている。唐氏は、インターネット、スマートフォンなどの情報技術の普及と、それに伴うデジタル金融の今後の発展について言及している。この分野は、中国では、日本以上に発展が著しく、2020年に、デジタル経済の規模は、GDPの38.6%を占めるようになっている。この分野における経済発展が、中国経済および金融発展に対して、どのような影響を及ぼすかについては、未知数の興味深い問題である。今後の研究の発展に期待したい。

3 本書の総合評価

 以上のように概観してきたが、本書は、中国の金融発展に関する第一級の研究成果であることに間違いはない。各章の最初には、それぞれのテーマに関する問題が的確に要約され、しかも、それぞれの問題に対するファインディングが明らかにされているため、読者は、容易に中国経済における金融発展に関する専門的な知見を得ることができる。

 本書のテーマである家計の貯蓄超過と企業の債務超過の問題は、バブル崩壊後の日本の金融発展と共通の問題であり、中国経済も、日本経済と同じ問題の解決を課題としてきていることが本書によって良く理解することができる。そのような意味で、本書は、中国経済を鏡として日本経済における金融発展の問題点を明らかにするためにも有用である。中国経済と日本経済、さらに現代の世界経済に関心を持つ多くの読者に本書を広く勧めたい。

 以上のように高く評価したうえで、唐氏の今後の研究のためにも、あえて2・3の点について提案したい。本書の第2部のマクロ経済に関する分析は、基本的には資金循環勘定に基づいて行われている。この分析は、長期の動向について調べるためには有用であるが、利子率や物価、株価、地価の市場経済の変動について詳しく分析するためには少し不十分である。このような市場経済に特有な変動要因についても、今後研究を深めることを提案する。また、利子率や為替レートに関する金融政策の分析を加えると、さらに分析の精度が増すように考える。他方で、国有企業や土地の国有化の下で現れる社会主義市場経済に特有の経済現象についても分析するならば、申し分がない。唐氏の将来の研究の発展を心より願うものである。

有斐閣 書斎の窓
2022年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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