三つの恵み――『土地法制の改革――土地の利用・管理・放棄』を著わして

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土地法制の改革

『土地法制の改革』

著者
山野目 章夫 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641138797
発売日
2022/02/09
価格
3,630円(税込)

書籍情報:openBD

三つの恵み――『土地法制の改革――土地の利用・管理・放棄』を著わして

[レビュアー] 山野目章夫(早稲田大学教授)

官邸の朝

 2018年1月19日、晴れ、快い寒気が澄む朝であった。一切が済んだら有斐閣にお願いして顛末を記す本を書こう、その構想はどうしようか、などと考えながら地下鉄の駅の階段を上った私は、歩くとすぐ、立哨の警察官と向き合う。「お約束がある方ですか」と問われ「はい」と答える私の頭頂から足元までを眺め、なお不審という表情である。著者がいささか不審の風采を帯びる者であることを否定しませんが、この場は倍加する事情もある。あっ、自己紹介をします。このたび刊行された『土地法制の改革――土地の利用・管理・放棄』の著者です(このあと、同著を本書とよびます)。不審を倍加させる事情とは、まず首相官邸に招かれるエライ人たちであれば一般に自動車で乗りつける。招かれたのでなく陳情などで面会に来る人は、たいてい随行の人と共に官邸前で群れをなす。私のように招かれているのに一人でスタスタ来る人は珍しい。

 「先生、お待たせしました」と迎えにきた内閣官房の人と共に官邸の脇の通用口から入る。脇から入ると見えるものがある。疲れて床に座り込むカメラマンたち。私たちが映像で見る官邸の出入りの画を撮るための労働現場を視認する。

 午前10時、所有者不明土地等対策の推進のための関係閣僚会議が始まる。私の向かいの至近に座す官房長官は後に首相になる人である。その両脇には建制順に、総務大臣、法務大臣、財務大臣、農林水産大臣、国土交通大臣、そして復興大臣が並ぶ。その皆さんの前で、私が原稿を読み上げ始める。土地基本法を改正して所有者の責務を明確にし(本書21)、促進する相続登記の登録免許税を減免し、そして登記と戸籍などとの連携を図るようお願いする(成果として戸籍でなく住民票との連携が実現する。本書36。相続人申告登記に登録免許税を課さないことは本書脱稿後に政府が方針を定めた)。原稿を読んでいるようにみえても、ところどころ踏み出す発言が混じる。準備を応援してくれた府省には済まないと思う。恩義を忘れた振舞いかもしれない。心構えとして、すこし役所が嫌がる意見を述べる。ずいぶん嫌がるとなると、話が険しい。かと言って、役所と擦り合わせたとおりでは世が変わらない。

この件は次官に上げます

 会議が終わって帰途は、霞が関まで国土交通省の官用車に便乗させていただく。車中で急ぎ心配事を話す。「あのやりとりでコレコレの省が不機嫌になってるから宜しく。それから、何々の論点はソレソレの省が悩むから支援をお願いします」。頭の良い人たちであるから、5分ばかりの車中で諒解してくれる。所有者不明土地問題は、多くの府省が関わる。ハーモニーが大切である。険しくなると出てくる言葉が「この件は次官に上げます」。これは、恫喝である。閣議案件を整理する事務次官会議で悶着を起こし、政府の意思にしないと戦を宣する。これをされるとお手上げですね。たとえ審議会が全会一致でも閣議は通らない。そうならないよう、つねに気を遣わなければなりません。

 多くの府省といっても、わけても重要なのが、重厚の法務省と、機敏の国土交通省。この連携がきわめて大切。本書7の図表は2021年に至る今次の土地法制の改革を構成する法制を一覧するものであり、つねに国土交通省主務の法律が先鋒を務め、法務省立案の法律案が後詰めを担う様子がわかる。両省とも本気であった。国土交通省は、特設の参事官を置き、法務省は担当官の執務場所について異例の部屋割り(実体と手続との相部屋、山野目「なかぐろの妙」登記情報61巻8号〔通巻717号、2021年〕)をした。

スポットの管理、メガ共有という名言

 本気であったのは役所だけではない。各審議会に弁護士会が推薦したメンバーが役者ばかりであった。推薦により国土審議会の委員になった弁護士は、不在者という人の財産の全般を掌る煩瑣を避け、その土地のみを管理するスポットの管理の制度を創れ、と提言し(国土審議会土地政策分科会特別部会、2017年12月5日、本書95の所有者不明土地管理制度に結実する)、また、法制審議会のメンバーになった弁護士は、共有者が超多数にのぼるメガ共有が実務を妨げるから何とかせよ、と迫る(民法・不動産登記法部会、2019年3月19日)。

 むろん、これだけの名優が並ぶのは偶然でない。弁護士会もまた、イシューの重要性に鑑み、人選を心がけたにちがいない。案件によっては、学識がないのに威張っているだけの人が推薦されてくる例もありますから(あっ、内緒ですよ、弁護士会の人に言わないでくださいね)。

霞が関を睨んで祈る

 所有者不明土地対策のような広汎、高難度、複雑の政策を作る際は特にそうであるが、霞が関、つまり官僚機構が的確に動いてくれなければならない。明治このかた、近現代の日本を支えてきた一翼が官僚であり、一般に誠実、有能である。ときに、意見を異にし、あるいは能力を揮ってくれない方がいる。官僚機構を運営する人たちは、そういうとき、人事、予算、決裁の権限を駆使して、人を従わせる。悔しいけれど民間の学者には、いずれの権限もない。ひたすら中味で説得する。学者の実力が露わに問われる。説得しても奏功しなければ、どうするか。祈るのである。行きつけのお寺に赴き、多めの賽銭を投じて、励みますから、お見守りあらせられますように、と願う。

 政策の企画立案に携わる府省のスタッフは、ふつう夏前、国会の会期末に顔ぶれが変わる。「先生には御世話になりましたが、急に異動になりまして」という挨拶を受ける場面もないではない。会期途上の変則の異動である。

 学者には何の権限もない、と述べたが、じつは武器が全くないではない。役所は、審議会の混乱を嫌う。この案が通らなければ辞任します、と告げられると困る、という場面はある。不動産取引価格情報提供制度の検討を引き受ける際、担当官に対し、やる、やる、と口ばかりであった今までと異なり、今度は実現しなければなりません、と申し渡された担当官は、委員の在任を賭して臨む当方の決意を悟ったと思われる。委員辞任は、当然ながら一度しか用いられない武器である。さいわい、武器を用いず、不動産取引価格提供制度は、2003年の国土審議会の建議により実現する(本書84)。

民主政の必須装置としてのプレス

 2019年11月26日、日本経済新聞の夕刊一面が、相続登記の義務化へ、法制審が検討、と報ずる。記事が霞が関で、大手町で、さらに永田町で回し読まれ、法制審議会への視線が変わる。お堅い法務省が担う法制審議会が相続登記を義務化するような大胆な施策(本書47)に踏み切るとは考えにくい、と見られてきた。本気らしい、と各方面は感じ、いつのまにか応援団になってくれる。

 義務化を盛り込む中間試案を審議会が決定した翌月3日の後に同案が公表されるから、日経は“ヌク”取材をした。どうやって入手したか、いささかの興味はおぼえる。でも、取材源を尋ねないことがエチケットですね。役所の後追いに満足せず、独自取材を試みた記者が、この国の民主政を支える一翼を担った。今は、それのみを称えようではありませんか。

2018年の衆議院

 所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法(本稿末尾で略して所有者不明土地法とよぶ)の案を審議する衆議院国土交通委員会において、2018年5月22日、政府に対峙する一人の議員が私に質す。法案では、所有者が不明でも知事が裁定すれば使用ができる、とあります(本書91)、ならば、県道として用いるために県が申請すると裁定をする者が知事になる、こんな御手盛りでよいか。よく勉強してこられた、と感じましたね。だれも気づかないであろう論点、と踏んでいた私は、念のため用意していた控えを見ながら、お答えをしました。

 とかく、あまり尊敬しないなあ、と感ずる政治家の世界。でも、あらためて考えると、国会に価値がないとしたら、この国の国制はおしまいである。議員は、勉強をして審議に臨んで欲しい。

2021年の衆議院

 実際、よく準備をしてくださった多くの議員により充実した審議がされたことは、民法や不動産登記法の改正をした国会も異ならない。質す議員も答える政府、参考人もグッド・キャストであったけれど、残念ながら紙幅に余裕が足りませんね。見どころのみ案内しておきましょう。たとえば3月19日の法務委員会。

施策の実現に望まれる条件

 法制改革により施策を実現するのに何が要るか。いろいろな意見があると思われる。本書の扱う対象は、2018年の所有者不明土地法から2021年の民法や不動産登記法の改正という土地法制の改革である。むろん限られた経験であるが、そこから管見を述べると、3つの条件に恵まれるとよい。物語、構え、そして人である。所有者がわからない土地があって困る、という物語に多くの人が共感した。物語とは、簡略に論点を伝える象徴説明である(物語が効きすぎて些か問題もある、と本書のはしがきに記しておく)。そして、話は大きく構えなければならない。それでこそ、体系性と説得力に富む政策が提示される。土地政策と民事法制を連携させ、法務省と国土交通省は最後まで良いチーム・ワークであった。法務省は、前述のように前代未聞の大部屋まで用意した。くわえて名優に恵まれたことは、もう繰り返さなくてもよいでしょう。私は、と申せば、そう、オリンピックが終わって記録映画を製作している気分といえばよいでしょうか。そんな気分で本書を書きました、もしよろしければ、皆さんも、お手にお取りください。

有斐閣 書斎の窓
2022年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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