『「私」という男の生涯』
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問わず語りオブ・ザ・イヤーここに決定
[レビュアー] 今井舞(コラムニスト)
著者が自身と妻の死後、出版するために書いたという自伝。「妻の死後」とわざわざ明記した理由は、結婚後に関係を持った数多の女性について詳細に綴っているからだろう。新劇の女優にサブカルの女王、香港女性にホステスに。処女を捧げられたり、子供が出来たり、中絶を断られたり、裁判になって難儀したり。高峰三枝子にベッドに誘われ断ったエピソードまで、うっとり&こってり。墓場まで持って行く美学とは無縁の、自身の人生を世に語りたい、人々の記憶に残したいの一念が、全頁に色濃く滲む。
繊細だった幼少期、戦後の混乱に翻弄された思春期。大学在学中に芥川賞を受賞し、時代の寵児に。本業以外でも、日生劇場創設に携わるなど「日本という国の青春時代」と、自身のそれとが重なった僥倖を反芻。政治家としては、国政ではあまり満足していないが、トップダウンが可能であった都政では、それなりに業績を残したと自負。時代というのも手伝って「天に選ばれし者」としての、なかなか面白い人生であったと振り返る。
だが本書を通して最も強く伝わってくるのは、自身の死というものに対する強い戸惑いである。こんなにすごい人生を送って来たこの俺が、もうすぐ死ぬのか。死後はどうなるのだろう。弟や父母に会える気がしない。ただ無になるのか。でも、俺は念が強いから幽霊になれそうな気がする。死んだ後、ちゃんと正しく評価されるかな。皆バカだからされないだろうな。しょうがないから自分でするか。海と船と女たちをこよなく愛した俺の人生って、ほんとイカしてるよなぁ。こんなひとかどの男である俺も死ぬのか。それってものすごくつまらない。もう一回昔に戻りたい。死ぬのは正直、本当に勘弁してほしい。
いかにも老小説家らしい筆致で、だが要約するとこんな内容が連綿と。八十を過ぎて書かれた部分も多いようで、一文に同じ表現が重複するなど、ちょっと覚束なさも気になったが。巻末に「生前に、著者は校正ゲラのチェックを四度済ませております」との編集注記が。「四度」ってところに、寓意を感じた。みなまで言うな。