『早稲田古本劇場』
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<書評>『早稲田古本劇場』向井透史(とうし) 著
[レビュアー] 内澤旬子(文筆家・イラストレーター)
◆再び誰かの手に渡す
時代年代を超えた本が寄り集まる古書店には独特の魅力がある。新刊書店より店の個性が強く出て、好きな本に囲まれて座っていられる仕事って楽しそうだなあとつい思いがちだ。
そんなに甘い仕事ではないということは、一応は知っているつもりだった。けれどもやっぱりわかっていなかった。
『早稲田古本劇場』は、早稲田の古書店街に店を構える「古書現世」主人の十年間の日録である。
小売店は、お客さんが来て、買ってくれることで成り立つ。これが当たり前のことのようでなんと難しいことか。毎日ひたすら受け身で待ち続けなければならない重圧が、まるで自分が毎日帳場に座っているかのような臨場感で、迫って来る。
ついでに客とも呼べない?奇妙な人が店の前を通り過ぎたり入ってきたり、謎の勧誘が乗り込んできたり。困るんだけど、笑ってしまう。忍者の恰好(かっこう)をしたお客さんなんて、どうやったら入って来るのか教えてほしい。
そういう「待ち受け」の日常だからこそ、時折挟み込まれる顧客との悲喜こもごもが、絶妙に光る。
古書店と言えば故人の蔵書整理が定番だが、呼ばれて家まで行ったのにやっぱり手放すのをやめてしまう人や、いつか古書店を開業しようと長年本を集めてきたのに、ふと諦めて全部手放す人も。
人と本との蜜月は、願うほど長くない。ずっと手元に置くつもりでいても、手放さなければならない時がやって来る。そして思い入れほどには値はつかないもの。
著者はそんな元持ち主の思いを胸に留めおきつつ、淡々と本をまとめて縛り上げ、運び出し、店に積み上げ掃除して、再び誰かの手に渡るようにと値をつけていく。古書店主が売るのを諦めれば、本の寿命はそこで終わってしまうから。
夢のような仕事のようで、実は汗をかき、手を動かさねばならない地道な仕事でもある。当事者が十年間書き綴(つづ)ったからこそ、それがしっかりと伝わる本となっている。
(本の雑誌社・2200円)
1972年生まれ。古書店店主。著書『早稲田古本屋街』など。
◆もう1冊
橋本倫史(ともふみ)著『東京の古本屋』(本の雑誌社)